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映画『九十歳。何がめでたい』老人ホームの利用者たちが団体鑑賞でみんな笑顔に 高齢者の心を鷲掴みする“めでたい魅力”

NEWSポストセブン 2024年8月1日 16時15分

 映画『九十歳。何がめでたい』の公開から約1か月、口コミが広がり人気はうなぎのぼり。異例のロングランが続いている。それに伴い原作の2冊『九十歳。何がめでたい』と『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』もさらに重版し、シリーズ累計183万部を突破。佐藤愛子さんと草笛光子さんに共通するのは、「こんなふうに生きたい」という、私たちの憧れの的であること。

「戦争モノはイヤ。コメディーがいい」

 7月13日の山形新聞朝刊の「やましんサロン」欄に81歳男性のこんな声が載った。《映画「九十歳。何がめでたい」を見てきました。直木賞作家・佐藤愛子さんの大人気エッセーが原作で、佐藤さん役を90歳の俳優・草笛光子さんが演じました。(中略)私もこの先どうなることか。のんびりせずに90歳まで脳の活性化に努め、ちょっぴりと迷惑かけ、意地を張らずに自分流に日常生活をエンジョイしようと考えました》というもの。

 SNSでも、久々に映画館で映画を楽しみ、「元気が出た」「ゲラゲラ笑った」といった声が溢れているが、この映画に特徴的な光景は、高齢の親が子や孫に連れ添われて2世代、3世代で鑑賞する姿。さらにいま、高齢者施設のレクリエーションとして映画館を訪れるという新しい形が生まれつつあるという。

 福岡県福岡市東区の特別養護老人ホーム「サンシャイン」のInstagramでは、木村カエラの歌う主題歌『チーズ』にのせて、映画館を訪れた利用者のみなさんの笑顔が紹介されている。どんな思いで映画館外出を企画したのか、担当の介護職員が語った。

「コロナ禍でお花見や買い物など、外出の機会がここ4年間ずっとなかったんです。何かできないかと模索していたところで6月の行事担当になって、混雑してない映画館なら屋内で梅雨にも左右されず、お出かけ気分が味わえるんじゃないか──そう考えて映画館外出を提案しました。

 利用者のみなさんの健康を守るために施設としては慎重でしたが、諸条件をクリアしてようやく実現することができました」(特別養護老人ホーム「サンシャイン」の介護職員・以下同)

 人が少ないであろう平日の朝一番の上映回を狙い、郊外のシネコンへ。事前に下見にも出かけた。

「封切り前だったので、まず作品が上映されるか尋ねました。階段が何段あるかなど当日のスクリーンを確認して、なるべく階段を使わない中央列の座席を仮予約させてもらいました」

 車の定員などの関係で今回は6名が参加。中には映画館へ向けてシルバーカーの練習に励む姿もあった。

「普段は歩行器を使われているかたなのですが、待ちに待った映画館とあって頑張ってシルバーカーでお出かけしてみようか、と。歩行器とは体重のかけ方が違い、2週間くらい前から練習をされていました」

 なぜ『九十歳。何がめでたい』を選んだのだろう。

「事前に“許可が出るかわからないけれど、もし映画に行くなら、どんな作品がいい?”と聞いたら、“戦争モノはイヤ”“笑えるコメディーがいい”と返ってきたんです。さらに高齢のかたが主役の作品なら等身大で楽しめると思いましたし、90代の作家さんの実生活を基にしている点も自分の日常に置き換えて見られるんじゃないかと考えて、この作品にしました」

「草笛さんは、あげん頑張っとるとよ」

 本編が始まると、90歳の愛子が「どっこいしょ……」と覇気のない表情で一日の始まりを迎え、体があちこち不調だ、何をするにもめんどくさいと、ああだこうだ愚痴をこぼす。高齢者の日常の風景に“そうなのよねぇ”とばかりに場内のあちこちから、クスクスと共感の笑いがわき起こる。

「静かな映画館で声を出すことを遠慮されているのかなと察して、“笑っていいとよ”と、コソッと伝えたら“そぉお?”って。そこからみなさん、リラックスした顔で笑っていました」

 主役を演じた草笛光子さんの効果も絶大だった。

「みなさん、“あれ、草笛さんやろ”“すごいねぇ”“元気ねぇ。90歳になったと?”と盛り上がり、施設に帰ってからも“草笛さんが出とったよ”と報告をしていました。60代の自分から見ても、かくしゃくとした草笛さんの姿はさすがだなと。大きい声ではっきりしゃべるので、ものすごくせりふが聞き取りやすく、その意味でもみなさん、映画に没頭できたようです」

 耳が遠くてきっとせりふが聞こえないからと、最初は映画館へ行くことをためらう人もいたという。

「聞こえんから、という理由で参加を見送ろうとされたかたには“映画館はきっと音が大きいから大丈夫だよ”って。ドライブのつもりでお出かけしましょうと誘いました。映画が終わってから、“どうやった、聞こえた?”と聞いたら、大きく○のサインをして“また連れてって!”って」

 外出先で刺激を受け、映画を観てたくさん笑って、上映後の参加者の表情は見違えるように輝いたと、職員は嬉しそうに振り返った。劇中、断筆し鬱々としていた愛子が編集者の熱意に根負けして再び筆を執り、みるみる活気を取り戻す姿に触発されたのだろう。映画を観たことで、日常の生活にも変化があったという。

「何々しようと声をかけた時に“いやぁ、もう疲れたけん”と言われたら、“草笛さんは、あげん頑張っとるとよ。自分たちの方が若いっちゃけん、負けておれんね”って。そうするとみなさん、“そうやね。頑張ろうかね”とおっしゃって、前向きになって力がわいてくるんです」

 力強く日々を生きる愛子の姿が励みになる。施設で暮らす全員で作品を観たいと、いまからDVDの発売を楽しみにしているという。

取材・構成/渡部美也

※女性セブン2024年8月8・15日号

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