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【北陸新幹線の敦賀~新大阪延伸計画】建設費が想定の2倍の3.9兆円に膨らみ費用対効果激減 整備委員会議員は「そんな数字は意味ないから」

NEWSポストセブン 2024年8月7日 10時59分

 国民に負担増を強いる一方、そうして国が得た税収は、費用対効果の低い“カネ食い虫”の公共事業に流れていた──資材や人件費の高騰が問題になるなか、巨額予算の動く公共事業はその影響を大きく受ける。国交省が予算をつけている全国400以上の道路・新幹線を調べると、事業費が増大し、費用対効果が激減しているものが数多くあると判明した。ノンフィクション作家・広野真嗣氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】

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 大型公共事業が曲がり角に差し掛かっている。

 1987年に決定された高速道路1万4000キロの計画はほぼ完成し、手付かずなのはわずか700キロ。田中角栄をして「地域開発のチャンピオン」と称した新幹線は、1988年に比べ1.5倍の距離まで伸びた。

 見逃せないのは、国土交通省の公表資料を分析していくと、いずれの事業も投下資金が膨らむばかりになっている事実である。

 直近の道路事業の6割で「費用対効果(B/C)」は悪化していた。その主因である事業費に着目すると、当初の想定から増えた建設費の総額は1.5兆円にものぼり、当初の予算から3倍に膨張した事業もある。

「B(ベネフィット=便益)/C(コスト)」は、投下した建設費などに対して移動時間を短縮したり、経費を節減したりする効果がどれだけ発生するかを数値化した指標だ。「1」を上回れば、コストを上回る効果が得られる目安となり、事業着手の判断の指標になってきた。だが、条件を満たすと判断されて工事が始まっても、後になって「1」を割り込んで続行されている例が相次いでいる。

建設費倍増でも「関係ない」

 新幹線でも事業費が増加し、結果、B/Cが減少する例が頻発している。政府・与党が来年着工を目指す北陸新幹線の敦賀~新大阪の延伸計画について、朝日新聞は7月18日、次のように報じた。

〈政府が進める「小浜・京都ルート」の建設費が、従来想定の2倍の3.9兆円に膨らむ見通しであることがわかった〉〈今の計算方法による費用対効果は1.1から0.5程度に下がる見込み〉

 小浜・京都ルートなら最大の地元負担を強いられる京都府からは、事業を不安視する声があがり、8年前に消えた滋賀県を通る米原ルートを有力視する見解も浮上。地元と国を巻き込んだ政治的駆け引きが勃発している。

 蒸し返しが起きるのは、新幹線建設をめぐる“悪夢”を抜きには語れない。2012年の着工時のB/Cは1.1だった北海道新幹線(新函館北斗─札幌間)では2024年、事業費が6500億円増の約2.3兆円に膨らむことが明らかになり、B/Cは0.9に低下。その後、2030年度末の開業目標の達成が困難になっている。

 北陸新幹線でも同様の不安はないのか。与党整備委員会委員長の西田昌司・参院議員に直撃すると、「まだ国交省から聞いていない」と断わった上で、懸念を一蹴した。

「建設費2兆円が4兆円になったとして、何の関係もないよ。経済がインフレに転じているわけだから、(建設)単価が上がってあたりまえ。政府が金を出すことで経済は進展するわけで、止めること自体が間違っている」

──着工後に7兆円、8兆円に増えても?

「同じですよ」

 積極財政派の西田氏は「国の借金は国民の資産」という考え方の持ち主。国の借金が将来世代の負担になることを懸念する立場とは、議論がなかなか噛み合わない。だが、聞かないわけにいかないのは前述の朝日記事が「国交省と与党の関係議員は、費用対効果の計算方法を変更する方向で調整中」と報じた点だ。事実であれば、過去の事業との客観的な比較などが難しくなる。

──B/Cが1を切るのではないか。

「1以下であろうが10あろうが、やるべき事業はやるべきなんだよ、当たり前じゃない」

──いくらに増えても断行されるなら、新たな計算方法でB/Cを出す必要もないのでは?

「それも含めてなくしたらいいんですよ。そんな数字(従来の計算方法のB/C)は意味ないから」

──としても従来の計算も公表すべきでは?

「(従来の計算は)間違いがある、意味のない数字。北陸新幹線は東京・大阪間の鉄道を日本海側にも通して(災害時の)ダブルルートができるっちゅうことに意味があるんだから、B/Cをやるにしても、当然東京と大阪間(を含めた便益)で見なあかん」

 事業ごとに場当たり的に鉛筆を舐めて計算すれば、客観的指標ではなくなる。国民にメリット・デメリットが見えなくなれば、透明な議論の前提を損なうのではないか、という懸念が残った。

 いま、与党・自民党の政治家が数字を無視して豪腕で事業を推し進めれば、昭和の国鉄や道路公団の赤字タレ流し体質が復活するだけで、時代錯誤の誹りを免れない。資材高騰や人口減が避けがたい以上、政治家は批判の矢面に立つ覚悟で、“コストがかかってもその事業が必要な理由”を国民に丁寧に説く責任こそ問われる。そうして合意を得る作業を通じてしか、新しい公共事業の考え方は見えてこないのではないか。

【プロフィール】
広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年、『消された信仰』(小学館文庫)で小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。

(了。前編から読む)

※週刊ポスト2024年8月16・23日号

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