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阿津川辰海氏『バーニング・ダンサー』インタビュー 「高校でのトラウマは自分の好きなものを書く中でも乗り越えるべき原体験になった」

NEWSポストセブン 2024年8月13日 7時15分

「どんでん返しの魔術師」ジェフリー・ディーヴァーや、自身が愛してやまない小説や漫画、アニメやドラマへの畏敬の念と情熱が、阿津川辰海氏(29)の最新作『バーニング・ダンサー』の出発点にはあったという。

 舞台は警視庁公安部内に設置された〈コトダマ犯罪調査課〉、通称〈SWORD〉。全世界に100人が存在し、それぞれ異なる動詞を操る〈コトダマ遣い〉の犯罪を、同じく能力者達が捜査するこの世界初の公的機関には、元捜査1課の〈永嶺スバル〉や捜査経験ゼロで武闘派の〈桐山アキラ〉ら、背景も能力も様々な計8人が参集。カリスマ性に溢れる美貌の課長〈三笠葵〉の下、渋谷区の〈洋生電力〉工場内で2人の男性が〈筆舌に尽くしがたい方法で〉殺された異様な事件を追っていた。

 目撃者によれば、まずは目の前で〈突然、人が燃え〉、その火だるまと化した男から逃げた先で、全身の血液が沸騰し、夥しく出血した、別の死体を発見したという。班長永嶺は犯人を〈燃やす〉のコトダマ遣いと仮定し、捜査を進める。つまり本作は能力ありき、コトダマありきで物語が展開し、無数のどんでん返しが待つ、警察小説でもあるのである。

 昨年、『阿津川辰海 読書日記』で本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞した著者は、〈この熱量と文字量。どうかしてるぜ〉との帯も頷ける、無類の本読みでもある。

「両親もミステリー好きなんですが、本格好きになったのは、『お前、なかなか見どころあるね』と言って『十角館の殺人』(綾辻行人著)と『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ著)と『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午著)を勧めてきた中学時代の図書室の司書さんが原因なんです。今思うとあの役は親じゃできない。僕にとってあの司書さんは普通なら中2の子に読ませない本を読ませ、悪いアソビを教えてくれる、有難い大人でした(笑)」

 本作の一見特殊な設定も、自身にとっては昔から馴染みのあるものが多いとか。

「とにかく今回はディーヴァーっぽい手口とか表題とか〈ロカールの原則〉とか、ファンがニヤニヤしそうなオマージュをあえて恥ずかしげもなく入れていきました。特殊能力に関しては、2010年代放送のドラマ『SPEC』が好きで、特に初期の回は本格ミステリー的にも完成度が高く、ああいう世界観の話を一度書いてみたかったんですね。さらに僕の中には幼い頃に読んだ『金色のガッシュ!!』や『うえきの法則』のような能力者系バトル漫画や、最近だと『ウェルベルム―言葉の戦争』のように言葉を使った頭脳戦の世界観もあって、コトダマ遣いというワードも結構早い段階で頭に浮かんではいました」

 本作で言うなら、永嶺は〈入れ替える〉で、桐山は〈硬くなる〉。元捜1刑事で謎多き中年駐在〈坂東〉は〈放つ〉で、彼とコンビを組む〈望月知花〉は非生物の声を〈聞く〉能力など、実は単独では微力な能力もあり、効力は前後の文脈や使い方次第。また永嶺は指を鳴らしてから、望月は掌で包める大きさだけなど、厄介な〈限定条件〉もある。

背景や手の内を衒いなく明かす

「むしろ1人1人の能力は不完全だからこそチームや相方が生きるように書きたかった。『相棒』や『特捜9』の影響もあると思います。100通りの能力の中には〈透ける〉もあって、よからぬ想像をされそうですが、大変なんです、透けるのも。

『透明人間は密室に潜む』(2020年)にも書いたように、人混みは移動できないし、全然万能じゃない(笑)。そうやって制約や弱点を多分に孕む作劇の方が単に完璧な人が無双する話より、私の場合は好みなんです」

 やがて被害者は工場員の〈山田浩二〉28歳と、本社勤務の〈白金将司〉55歳と判明する。〈犯人と被害者が接触した際、それぞれの体に付着した証拠が交換される〉ロカールの原則に基づいて〈微細証拠物件〉を入念に採取した永嶺らは、赤リンと紙繊維とホチキスの針から2022年に国内生産が終了した〈ブックマッチ〉を犯人が使用したと推定。マッチからアジトの特定を急ぐ一方、被害者のカードキーを使って洋生電力本社のパソコンに不正アクセスした人物の目的を探るべく潜入捜査を敢行する。が、少しずつ見えてきた事実が、次の瞬間には覆されるのも、本作の宿命であり、ラスト数行まで予断は一切禁物だ。

 一方、起伏やバトルも満載な物語に差し挟まれるある原発反対派の、〈じゃああんたは、原発推進派なのか?〉〈答えられないだろ〉〈日本人はみな、沈黙する悪人たちである〉といった耳の痛い正論には、自身の経験も反映されたという。

「高2の春休み、改築中のプレハブの校舎で地震に遭った僕は、揺れで開いた床と戸の間の隙間に危うく手を挟まれかけ、腕を失っていたかもと震えました。以来、ミステリーが2年くらい、全く書けなかったんですね。虚構でも人を殺すのが嫌で。

 そんなトラウマもあって、館四重奏シリーズでは毎回災害を扱ったり、あの時のことは自分の好きなものを愉しんで書く中でも、乗り越えるべき原体験になった。今なお再稼働が粛々と進み、東野圭吾さんが『天空の蜂』(1995年)を書かれた頃と何も変わらない現実がある以上、あそこまでうまく書けなくても、考えてはいきたいと思って。何だかすみません、重い話になっちゃって」

 そうした背景や手の内を衒いなく明かすフェアさも、阿津川作品の美点の1つ。それでこそ「好き」や情熱は繋がっていくと、きっと著者自身が確信してきたのだろう。

【プロフィール】
阿津川辰海(あつかわ・たつみ)/1994年東京生まれ。千代田区立九段中等教育学校在学中にミステリーを書き始め、東京大学卒業後、2017年『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。『紅蓮館の殺人』に始まる館四重奏シリーズや『透明人間は密室に潜む』で各ミステリランキングの上位に輝き、昨年は『阿津川辰海 読書日記』で本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。175cm、A型。体重は「ネロ・ウルフとほぼ一緒だと思ってもらえれば。医者にはいつも怒られています」

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年8月16・23日号

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