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やまぬ誹謗中傷と嫌がらせ 常連だった五輪選手についてTV取材を受けただけなのに…一時休業に追い込まれた飲食店店主の嘆き

NEWSポストセブン 2024年8月9日 16時15分

 いま開催中のパリ五輪では、世界最高峰の選手たちの活躍を中継や報道を通して多くの人が楽しんでいる。一方、SNS上では選手への誹謗中傷が飛び交い、問題視されているが、誹謗中傷は選手に対してだけでなく、その関係者にも及んでいる。ライターの宮添優氏が、善意で選手についての取材に応えたことをきっかけに、誹謗中傷や威力業務妨害にあたるような迷惑行為に悩まされている人たちの声をレポートする。

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 日本人選手の活躍に沸くパリ五輪。金メダリストはもちろん、印象的な活躍を見せてくれた選手に関する取材記事や特集を多く見かけるのも、オリンピック期間のお馴染みの光景だ。実際に選手を知る人であれば嬉しさも増すが、手放しに喜んでばかりもいられないと、千葉県内で長年飲食店を営んできた店主の男性(60代)はため息混じりにこう話す。

「ペラペラ選手のことを喋って、失礼じゃないかとか非常識じゃないかとか、そんな電話が1日に何本も来るようになった。こんなことなら取材を受けなければよかったし、何より選手へ申し訳なくてね」(飲食店店主)

 この飲食店には約15年前から、五輪に出場した経験のあるX選手が度々来店していた。それは、X選手が小学生時代から、日本代表選手に選ばれた後も続き、店主は来店のたびに「頑張っているね」と声をかけ、X選手はその都度店主やスタッフ、居合わせた客などと写真を撮ったり、色紙にサインを書くなどして、長年バックアップしてくれた店主や地元の住民へのファンサービスも忘れなかった。

 およそ3年半前のある日。X選手の東京五輪出場が決まり、店のSNSに「おめでとう」とX選手の写真をアップしたところ、その投稿を見たテレビ局から電話がかかってきたという。

「X選手行きつけの店として取材したいという電話でね。店としてはOKだけど、X選手とか、マネージメント会社を通さないのもアレだからと思って、しっかりテレビ局に言ったのよ。先方に確認とって、OKであれば取材は受けると。事前にその辺りもクリアできたので、取材に応じたんですよ」(飲食店店主)

 間もなく訪れた取材日には、キャスターをはじめ、カメラマンなど数名のクルーがやってきて、撮影自体は店が開店する前の1時間ほどで終了。その日の夕方にはテレビニュースで流れ、店主自身も、取材を受けたこと、その日の何時頃にテレビでオンエアされることなどをSNSに書き込んだ。オンエア後、「X選手行きつけの店に行きたい」「お店でX選手と会ったことがある」といった、客や視聴者らのポジティブな反応が多く寄せられた。一方で、十数件もの「クレーム電話」が相次いだという。

「X選手に失礼だとか、本当は行きつけではないだろうとか、勝手にX選手の名前を使っているだろうなどというクレームが電話で寄せられたんです。X選手側にも許諾をとっていると説明しても、死ね、消えろ、売名だと一方的に言われて電話は切れる。もちろん、テレビを見て、実際に店にやってきたお客さんの中に、そうした失礼な人はいません。すべて電話です。何も事情を知らない人たちが、テレビを見て、条件反射で文句を言ってくるのです」(飲食店店主)

 SNS上には、すでに飲食店の売名行為とか、X選手はほとんど地元におらず店主の虚言だと決めつける投稿まであり、店主は自身が「炎上」の真っ只中にいることを知った。それでも、店を非難する投稿をしている人はごく少数、と考えていたが、影響は翌日も、翌々日も続いた。

「電話やSNSだけならまだよかった。今度は飲食店の評価サイトなどにも、売名だとか、うちで食中毒騒ぎが起きたというデタラメまで書き込まれ、評価も一気に落ちた。まさか、取材を受けたことでこんな目に遭うとは思ってもおらず、目の前が一瞬真っ暗になりました。X選手にも申し訳ないですよ」(飲食店店主)

 さらには「店が炎上しているから話を聞かせてほしい」とネットメディアからも取材依頼がくるなどして、ついに店主は店の一時的な臨時休業を決めたのだった。

「長年かけて守ってきた店が、こんな形で潰れてしまうのかと恐怖でした。X選手の競技が終わる頃には騒動もなんとか落ち着きましたが、良い話で取材を受けても、こういうことが起きるのだなと思うと、もう、目立つことはできるだけ避けたいと思うようになりました」(飲食店店主)

 店主にクレームを寄せた人々の書き込みを改めて眺めると、普段からX選手を憎んでいたとか、飲食店や店主に恨みがあるわけではなさそうだった。要は、活躍するX選手に便乗して、店が目立とうとしている、という思い込みに他ならない。さらに言えば、五輪でお祭り騒ぎのマスコミや、そのマスコミに協力する人たちを攻撃しようとしているのだ。もちろん、便乗して目立って商売しようとしている、というのは言いがかりでしかない。

商売方法も変えなきゃいけない

 関西地方にあるスポーツ用品店店主(50代)も、この数年、似たようなクレームを受け続け、これまで通りの商売が難しくなったと肩を落とす。

「数名の五輪出場経験選手が当店を贔屓にしてくださっているご縁で、過去に何度も、テレビや新聞、雑誌の取材を受けてきました。ですがこの数年、テレビに出ても雑誌に出ても、訳のわからないイチャモンをつけてくる人が多いんですよ」(スポーツ用品店店主)

 開業して20年以上のスポーツ用品店。店内には、種目を問わないさまざまなアスリート達が来店したことを示す、サイン色紙やユニフォームが所狭しと並ぶ。客がそうした貴重な品を見て楽しむのも、同店の魅力だ。だが、そういった店主の行動が、ごく一部のクレーマーの目に留まったのだろう。

「五輪に出場する、あるアスリートの行きつけの店として新聞のネット記事で紹介されたところ”サインを貼りまくる売名店主”とSNSに書き込まれて、店に通ってくれていた別のアスリートが国際大会で失敗すると、うちのような“変な店”に出入りしているから、というような書き込みもありました。これだけならまだいい。アスリートと一緒に来店していた友人まで、被害を受けました」(スポーツ用品店店主)

 実は、スポーツ用品店取材の際、行きつけのアスリートとは高校時代の同級生で部活仲間だったという男性も出演。同級生の男性は元選手なので、すでに一般人。テレビ画面に向かって「がんばれ」とエールを送ったが、それがやはり、一部クレーマーによって槍玉に挙げられた。

「同級生の子もうちのお客さんでね。2人で喜んで取材を受けたのに、その子のSNSには、アスリートに敗れた負け犬、(競技を)引退したくせに偉そうなどとメッセージが来て、すぐアカウントを消したそうです。リアルで会う人からは、よかったね、見たよと言われて、ネットではボロクソに叩かれる。人間不信になっちゃいますよ。今までは、良かれと思ってやっていたんですが、商売方法も変えなきゃいけない」(スポーツ用品店店主)

 五輪期間やその前後は、一般人の私たちが今までほとんど知らなかったようなアスリート達が連日テレビに登場し、新しい有名人として広く顔が知れ渡る。特に金メダルを獲得するなどしたアスリートは、瞬時に国民的な「有名人」となる。見かける回数が増え、栄光に輝くまでの道のりや、競技を見ているだけでは分からない人となりが紹介されるにつれ、突然、知ることになったアスリートに対して親しみがわく人も多いだろう。

 一気に有名人なったアスリートについて大多数の人は、その功績を賞賛し、そのスポーツについて知識や理解を深めたりして、五輪ムードを楽しむものだ。ところが、少数ではあるが、アスリートが活躍する価値を貶めたいのか、そのためのアラを探そう、水を差そう、そして糾弾してやろうと待ち構えている人々がいる。また、アスリート本人は称賛するが、応援のメッセージを送る関係者や、それを伝えるメディアに対して非難と罵倒を浴びせることを正当な行動だと思い込んでいる人たちがいる。

 いずれにしても、ひねくれた考え方だと呆れるほかないが、一人でネガティブな感想を持つだけなら、それは自由だろう。ところが、彼らの一部は、その気持ちを外へ向けて発信するだけでなく、当事者に直接、投げつけている。相手の反応を見て悦に入る醜悪さまでSNSなどでひけらかす。

 選手への誹謗中傷がよくないことだ、というのは多くの人が賛同するところだろう。それと同じように、善意の関係者についても、誹謗中傷や威力業務妨害に問えるような言動に正当化できる理屈などない。

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