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【ユリ・ゲラーと超能力ブーム】仕掛け人・矢追純一氏らが振り返る“テレビの前でスプーンを握った夜” 銀座のクラブでも念力を発揮した

NEWSポストセブン 2024年8月14日 11時15分

 1974年3月7日午後8時35分──。『木曜スペシャル 驚異の超能力!! 世紀の念力男ユリ・ゲラーが奇蹟を起す!!』(日本テレビ系)の中継スタジオは静まり返り、全国の視聴者は固唾を呑んでテレビ画面を見つめていた。今から日本とカナダのトロントを結び、視聴者を巻き込んだ一大実験が生放送で始まるのだ。

 ユリ・ゲラーはテルアビブ生まれのユダヤ人で、当時27歳。幼い頃から念力で時計の針を進めるといった「超能力」を発揮。1972年12月から6週間、スタンフォード大学が設立した研究所でテレパシーや透視などのテストをされ、良好な結果を出した。1973年からアメリカやイギリスのテレビに出演し、有名になりつつあった。得意としたのが「念力」でのスプーン曲げだ。

 そのユリ・ゲラーに注目したのが、UFO番組などを手掛けていた日本テレビの矢追純一ディレクター(89)。アメリカで取材し、『11PM』で1973年12月に紹介した。

「彼の超能力は今が絶頂期と思い、日本に呼ぶことにしました」(矢追)

銀座のクラブでも念力を発揮した

 初来日は1974年2月21日で、26日に離日。

「日本に滞在中、銀座のクラブに連れていったら、女の子たちのネックレスなんかを曲げちゃいました(笑)」(矢追)

 そして3月7日午後7時30分、『木曜スペシャル』が始まる。最初の1時間は滞在中に収録した録画部分が流された。その中でユリ・ゲラーは、番組アシスタントが描いた図形を見ずに当て、指でこするだけでフォークを曲げてみせるなどした。視聴者は驚き、番組の呼び掛けに応じて壊れた時計やスプーンなどをテレビの前に持ってきた。

 8時30分、番組は生中継に切り替わり、トロントにいるユリ・ゲラーとつながった。8時35分、ユリ・ゲラーが日本に「念」を送り始めた。中継スタジオにいたタレントの松岡きっこが振り返る。

「ゲスト30人ぐらいにスプーンが配られ、ユリ・ゲラーさんが念を送ってくるのに合わせてさすりました。そうしたら早い人は1、2分で、私も5、6分で突然グニャリとしてビックリしました」

 それと同時に数分後、スタジオに設置された20台の外線電話が次々と鳴り始め、8時55分の番組終了までやまなかった。

「『時計が動いた、スプーンが曲がった』という電話が放送中だけで300本ぐらい掛かり、日が変わっても続きました。最終的に1000本を超えたと思います」(矢追)

 視聴率26.1%。この日以降、超能力ブームが日本列島を席巻する。

取材・文/鈴木洋史

※週刊ポスト2024年8月16・23日号

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