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【99歳で死去】落語家・桂米丸さんが明かしていた「90歳を超えて高座でバカウケするくだり」

NEWSポストセブン 2024年8月8日 11時13分

 落語家の桂米丸さんが亡くなった。99歳だった。2019年の新宿末広亭9月下席が最後の高座となったが、落語芸術協会は「寄席復帰を模索する中での訃報となりました」と報告している。現役最高齢落語家だった。90歳を超えても、自然体で高座に上がり続ける人だった。【前後編の前編】

本誌・週刊ポストで米丸さんにインタビューしたのは8年前のことだった。当時91歳の米丸さんが常連だった新宿末広亭近くの喫茶店で待ち合わせをしたところ、姿を見せた米丸さんは中野の自宅から「地下鉄で来た」といい、記者は思わず「お元気ですね」という言葉が口をついて出た。すると米丸さんは、若い頃から全く変わらない張りと艶のある甲高い声でこう続けた。

「摩訶不思議っていうか、心筋梗塞など大きな病気はぜんぶやっているんですよ。80歳になる1週間前に、白内障の手術をするために入院したところ、検査で見つかってね。眼科の名医から“眼どころじゃないよ”と言われてね。このままだと1か月持たないと言われた。それで命拾いしたんです。そんな先生方のお陰で、今日まで来られた。

 それまではこっち(酒を飲む仕草)をやっていたんだけどね。きっぱりやめました。(酒が)好きというわけじゃないが、仲間と飲むのが好きで、すぐに梯子をしちゃうんですよね。1人で飲みたいというところにはならないですが…。

 このあいだNHKの打ち合わせでビールをコップ半分だけ口にしましたが、飲もうとは思わなくなりましたね。その代わり、コーヒーを1日1杯飲むようになった。あんな苦いものどこがいいのかと思っていたが、慣れてくるとコーヒーの味がわかるようになった」

新作のネタは考えようとすると出ない。会話のなかで浮かんでくるもの

 健康の秘訣を聞くと、米丸さんは満面の笑みでこう答えていた。

「世間一般と生活はズレていますが、1日3食しっかり食べています。朝が10時頃になると、そのままズレた(時間で)昼食、夕食と食べる。夕食が8時とか9時になるが、食べてすぐに寝てはいけないというから、11時頃までテレビを見ます。娘夫婦と暮らしているので、孫が話をしてくれたりするんだね。この会話というのがいいかもしれない。同居してくれている家族には感謝しています。

 こう見えても落語家ですからね。しゃべるのが仕事で、普段でもしゃべらないとおかしくなっちゃう。しゃべっているといろんなことが浮かぶんですよ。私はずっと新作落語をやってきた。それがネタを考えようとすると出て来ないけど、普通にしゃべっているとネタがどんどん浮かんできたりする。おかしなものだね」

 90歳になって変わったことを聞いてみると、こんな答えだった。

「階段を上がるように、歳が変わる時にやはり体に変調がある。80歳になる時は心筋梗塞になったし、90歳になる時は黄疸になった。黄色くなってしまったんです。この時も入院したが、五臓六腑のどこかが悪くなるんだよね。

 長生きも難しいですよ。周りの者はいい加減にしてくれと思っているんじゃないですか。10年ぐらい前は90を超えるような高齢者は大事にされましたよ。数が少なかったからね。だんだん多くなると、扱いが雑になってくるんじゃないかと心配しています(笑)」

自分が高座に上がると「若い人の出番が減る」

 91歳当時の米丸さんは月10日程度の高座に上がっていたが、何歳まで続けるのかを聞くと、こんな言い方をしていた。

「私はみんなの前でしゃべっているだけで幸せですが、若い人の出番が減りますからね。そういうことも考えてしまうことも。“いつまで年寄りがやっているんだ”と思われているだろうから、多少はセーブしている。高座を見ていると、若い人もうまくなったと思いますね。うかうかしていられない。でも、いいネタが浮かぶと、お客さんにしゃべってみたくなるんですよね。だから今は無理をせずに自然に任せている。

 ただね、最近よくないのは、わかりきっていることが(言葉で)出て来ない。あれ、あれ、あれですよ…と高座でもやってしまう。ところが、それが客にバカウケしちゃう。自然にど忘れしたことがお客さんもわかったんでしょうね。これを演出的にやるとダメだったと思うが、これがウケるのも90歳のジジイだから。なんか複雑な気持ちですね(苦笑)」

 若い落語家について聞いてみると、こんな話をした。

「若い人でベテランの間を真似する人がいるが、若者らしくもっとポンポンと早口でやったほうがいいかもしれないですね。私も若いころはかなり早口で、お客さんから“米丸は忙しい”と言われたことがある。それで師匠に相談すると“でもそれでいいんです。歳をとるとゆっくりになってしまう”とね。

 若い人がベテランの真似をしてゆっくり話すとわざとらしくなってしまう。だから落語は難しいが、年齢に相応しいネタをやればいいんですよ。師匠はお婆さん役が十八番だったが、私には“あまりお年寄が出ない話を選び、出てきてもあまり活躍せず、目立たないようにしたほうがいい”とアドバイスしていました。若い人? うまいなと思いますね。だからこんな年寄りはあまり前に出ないほうがいいと思うこともある」

 SFやホームコメディなど新作落語一筋だった米丸さん。なぜ新作落語を手掛けたかにも話は及んだ。

(後編に続く)

■取材・文/鵜飼克郎(ジャーナリスト)

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