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【高飛込・玉井陸斗の決勝進出なるか】「飛込界のレジェンド」が語る競技の見どころ「“音”でわかる完璧な入水」「国際試合でも“えこひいき”がある」

NEWSポストセブン 2024年8月9日 11時16分

 熱戦が続くパリ五輪の水泳競技。まもなく男子高飛込の予選が始まるが、決勝進出・メダル獲得が期待されるのが、17歳にして2回目の五輪出場となる玉井陸斗選手だ。前回東京五輪では7位入賞を果たしている。その玉井選手を飛込競技の世界へと導いたのが、メルボルン、ローマ、東京と3つの五輪に出場した飛込競技界のレジェンド・馬淵かの子氏だ。

 引退後は指導者となり、審判員の資格を取得。夫とJSS宝塚スイミングスクルールを立ち上げ、寺内健など多数の五輪選手を育てた。パリ五輪の男子高飛込に出場する玉井選手もその一人。86歳の現在も指導者を続ける馬淵氏に、『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が飛込競技の採点ポイント、見どころなどについて聞いた。(前後編の前編。文中敬称略)

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 飛込競技には弾力性のある板を利用する板飛込と、高さ10メートルの台から跳躍する高飛込がある。男子は6本、女子は5本の異なる演技を行ない、フォームの美しさと演技の正確さを競う。

 その演技を7人の審判員(日本選手権以外の国内大会は5人でも認められている)が「踏み切り」「空中姿勢」「入水の技術や美しさ」で総合評価し、演技全体の印象を10点満点で採点する。完璧なもの(10点)、非常に良好なもの(8.5〜9.5点)、良好なもの(7.0〜8.0点)、完成したもの(5.0〜6.5点)、未完成なもの(2.5〜4.5点)、失敗したもの(0.5〜2.0点)、まったく失敗したもの(0点)という基準だ。また、事前に提出された演技種目に応じて「難易率(難易度=難しさの割合を示す係数)」が決まっている。

 中学時代に飛込競技を始め、16歳でアジア大会に初出場。五輪にはメルボルン、ローマ、東京に出場し、引退後は指導者となり審判員資格も取得した「飛込競技界のレジェンド」馬淵かの子が言う。

「採点は10点満点からの0.5点刻みの減点法です。まず全体の印象を評価したうえで、演技内容で減点する。技には理想的な形があり、それとどの程度ズレているかで減点しますが、その基準は審判員の研修会で何度も講義を受けます。減点がなくスッと入水したら8.5点以上になります」(以下同)

 7人のうち高得点の2人と低得点の2人(審判員が5人の場合は上下各1人)を除く3人の採点を合計し、それに難易率を掛けた数字が演技の点数となる。

 難しい技に挑戦するのと、簡単な技を完璧にこなすのとでは、どちらが得点は高くなるのだろうか。

「やはり難しい技に挑戦したほうが点数は伸びやすい。近年は難易率の高い技に挑戦する傾向が強まっていて、いかに難しい技をどれだけ完璧にこなすかの勝負になっています。これは体操競技などでも同じだと思います」

 難易率は宙返り、空中姿勢、ひねり、踏み切り、入水の要素に基づき、公式によって算出される。2023年競技規則には、この要素を組み合わせた演技種目が板飛込には99種類、高飛込には134種類ある。

入水時の“しぶき”は採点の重要な材料

 すべての演技種目は3桁もしくは4桁の数字とアルファベット1文字の種目番号で表示される。例えば「前宙返り2回半蝦型」は105B、「後踏切前宙返り3回半抱型」は407C、「後宙返り2回半1回半捻り蝦型」は5253B──といった具合で、難易率は最低1.2から最高4.8まで設定されている(新たな組み合わせで最高は更新される)。

 選手は事前に演技種目を記入した「ダイブシート」を提出する。会場にもこれから演技する種目番号が表示され、審判員は回転やひねりが演技種目通りに演じられたかを採点する。

「いろいろな要素が絡むので、“厳密に正確な点数”を採点するのは難しい競技です。それでいて0.01の差で勝ち負けが決まる。つまり、1人の審判員が0.5点高くつけていたら順位がガラリと変わっていたということもある。だからこそ審判員の責任は重い。私も現役時代は何度も悔しい思いをしましたから、緊張して採点しています」

 10メートル高飛込で約2秒。この短い時間の演技で得点を大きく左右するのは入水だという。入水にはベストの場所があり、それを外れると前にかかっている、もしくは後ろにかかっていると判断される。

「決まった場所に入水すれば確実に6点以上は出ます。それに加えて回転のスピード、足先まできれいに伸びていたとか、姿勢がよかったなどをチェックします。

 入水時の“しぶき”も採点において重要な材料です。視覚的に“ノースプラッシュ(しぶきがあがらない入水)”がベストですが、水面の一点に体が垂直に入ったかは聴覚的にわかります。テレビの中継映像は演技全体がよく見えるものの、入水の音が聞こえにくいのが残念です。ぜひ、実際に会場で入水時の音も楽しんでいただきたいですね。

 美しい入水音は選手ごとに特徴があります。玉井(陸斗)君は“シュッ”という音ですね。中国人選手は“ピッ”と竹を割くような音がする。近年の国際大会で中国選手が“ピッ”と入水したら、おそらく減点する要素はほとんどありません。回転は速いし、足はきれいに伸びている。それほど見事な演技です」

国際試合でも“えこひいき”が常態化

「ジャッジ」と呼ばれる審判員7人はプールサイドの左右に分かれ、入水地点を真横から見るような配置につく。そこに据えられた座面高2メートル以上の椅子(1メートル板飛込は通常の椅子)に着席する。審判は手元の自動記録装置で得点を入力し、それが瞬時に場内の電子掲示板に表示されるが、その採点は審判員から見えない。どの審判員が何点をつけたか、互いにわからないようにするためだ。

 7人の審判員とは別に「レフェリー」と呼ばれる審判長もいる。競技を統括する責任者で、笛で合図して競技の進行を促す。また、ジャンプや助走などにルール違反があればそれを指摘するのも審判長の役割だ。

「飛込台の上に立つと、左右に審判員が目に入ります。私は現役が長かったので、“あの審判員は評価してくれている”とか、“あっ、いつも低い点をつける審判員だ”というのがわかりましたね」

 基本的に審判員は元競技者なので、先輩後輩の関係も影響しがちだという。

「私は(飛込があまり盛んではない)関西学院大の出身だったので、審判員に先輩がいるということは滅多にありませんでしたが、“早大閥”や“日大閥”はありましたし、特に日体大の出身者は多かったですね。飛込台の上から眺めて“審判長を含めて日体大が3人もいる。今日は負けたなぁ”と思ったりもしましたよ(苦笑)。

 日本選手権では出場選手と同じ大学の出身者であっても審判ができます。そんなことを言い出すと審判員が足りなくなってしまいますし、採点競技である以上、身びいきがあるのは仕方ないと割り切っていました」

“身びいき審判員”の技術とは

 国内でもこうなのだから、国際大会ともなるとさらに激しくなる。

「現役時代に採点競技のつらさや理不尽さを感じていたので、自分が審判員になったら公平に点数をつけないといけないと心掛けていました。それでも国際試合では日本人選手にいい得点をつけてあげたいと思ってしまうものです。

 それはどこの国の審判員も同じだと思います。12人が出られる決勝では自国選手が出場している審判員は除外されますが、予選と準決勝では自国の選手の審判員を務めることもあります。もちろん他国選手の演技に対して故意に点数を下げることはありませんが、日本人選手にはどうしても採点が甘くなる。決勝で自国選手の審判ができないというルールは、言い換えると“えこひいき”が常態化しているともいえますね」

 ジャッジ7人のうち高得点2人、低得点2人を除外した3人の採点が採用される。そのため“上から3番目の採点者となったうえで高得点をつける”というのが“身びいき審判員”の技術なのだという。

「そうはいっても、誰がどのような点数をつけたかは後でわかりますからね。ペナルティのようなものはありませんが、あまりに露骨な審判員は次の国際大会には呼ばれなくなります。

 近年は中国選手が圧倒的に強いので、英国や米国の審判はどうにかして中国選手の点数を抑えようとしている印象があります。だから中国選手がミスをすると大減点、逆に完璧な演技をしても10点満点にはならない。ところが決勝には中国だけでなく、英国や米国の選手も残るので、それらの国の審判員は除外される。すると、予選や準決勝では出なかった満点がバンバン出たりする(苦笑)。国際試合では予選と決勝の点数の違いを見るだけでも、“採点競技の裏側”を感じられるかもしれませんね」

(後編につづく)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。飛込の審判員のほか、野球やサッカー、柔道など五輪種目を含む8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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