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駐日ジョージア大使が4歳当時「間違えないように緊張して発した」初めての日本語とは【連載「日本語に分け入ったとき」】

NEWSポストセブン 2024年8月16日 11時11分

 日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。最終回は、SNSで33万人以上にフォローされる「広島育ちのバズる駐日ジョージア大使」ティムラズ・レジャバさんにうかがった。【全4回の第1回】

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 今、日本で一番知名度のある駐日大使と言えばこの方だろう。ジョージアのティムラズ・レジャバ大使。2024年7月現在、Xのアカウントには約34万のフォロワーがおり、来し方を綴ったエッセイ『ジョージア大使のつぶや記』(教育評論社)や、新鮮な視点の日本論『日本再発見』(星海社新書)などの著書もある。

 黒海沿岸の国ジョージアは、美しいコーカサス山脈、温泉、そして8000年の歴史を持つワインの生産地として知られている。レジャバ大使は自国の情報をタイムリーに発信するだけでなく、大使として、また私人としてどんな日常を送っているのかを、豊富な写真とユーモア溢れる粋なコメントで日々伝えている。投稿には毎回たくさんの反応があり、いわゆる「常連ファン」も多い。

 レジャバ大使と日本との関係は深い。父の広島大留学のため4歳で来日。その後帰国し、アメリカ滞在を経て小学5年で再び日本へ。茨城県つくば市での高校時代に一度ジョージアに戻って学び、早稲田大学在学中にはカナダ留学も経験。キッコーマンで会社員生活を送ったあと、ジョージアで貿易関係の仕事をしていた時に外務省から声がかかり入省。在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、2021年に特命全権大使となった──というプロフィールの中で、日本で過ごした時間は20年近くに及ぶ。となると、日本語はもう母語のようなものなのだろうか? 大使にとって、日本語はどんな存在なのだろう。

 移転前の赤坂の大使館でレジャバ大使はにこやかに迎えてくださり、まずこうおっしゃった。

「最初に申し上げておきたいのは、私の母語はやはりジョージア語で、日本語は『流暢に話せる第二外国語』という位置づけだということです。人生で一番最初に出会った言葉がジョージア語であること、そして自分自身の拠りどころはジョージアにあるというのがその理由です。

 外側から見ると、日本人と変わらないくらいに日本語を使いこなしていると見えるかもしれませんが、実はそれなりにエネルギーを使っていますし、私の中では常に『外国語を話している』という感覚があります。子供の頃からずっと、どうやったら自然に話せるのか考えてきましたから、日本語はやはり意識的に獲得したものなんですね。たとえ日本語のほうがうまく使えたとしても、私にとっての心の言葉はジョージア語なんです」

 来日した4歳の時、ご両親も日本語は分からなかったという。レジャバ大使は保育園や幼稚園に通いながら、日本語を吸収していったのだ。

「当時、友達や近所の人が使う日本語を聞いて、理解できてはいたけれども、どうしてもアウトプットすることができなかった。親も私が日本語を話さないことをすごく心配していました。自分は外国人で、周りから特別視されているという認識に加え、子供らしい恥ずかしさやためらいがあったんだと思います。

 あるとき、我が家に日本人の女性をお迎えすることになり、母に『ちゃんと受け答えをしなさいね』と強く言われました。その方を車で駅まで迎えに行き、家に着くまでの途中、踏切で停車したときのことです。通過する電車を見て、その方が『あれは何?』と私に問いかけました。

 頭の中に2つの言葉が浮かびました。でんしゃと、じてんしゃ。似ているから、どちらだろうと一瞬思いました。ものすごく緊張しつつ『でんしゃ』と口にし、女性は『偉いね』と微笑んでくれました。大変な思いで言った言葉だったので、合ってた、良かったと安堵しましたし、達成感のような気持ちも胸に広がりました。5歳か6歳だったと思うんですけど、それが突破口になって、そのあとは一気に言葉が出てくるようになりました」

 ブレイクスルーを経て、大使はどんどん日本語を使うようになっていったと言う。

「自分から話しかけることもできるようになって、友達もたくさんできました。読み書きもそんなに大変ではなかったですね。

 ただ、一旦ジョージアに帰国し、アメリカでの生活を経て日本に戻って来た小学5年生のときは、周りとかなり差があると痛感しました。会話もできるかできないかのレベルになってしまっていたので、日本語の補習を受けたりもしました。

 そこからですね、覚えていく楽しさを味わうようになったのは。少し上達しただけでも、注目されたりすごいねと言われたりすることでモチベーションが上がる。学習に弾みがつく。母語ではないからこそ、複雑な表現や言葉の成り立ちを知っていると褒められる。これは自分の武器だなと思うようになりましたし、言葉自体への興味も高まりました」

 なにか学習上で苦労したことはなかったのだろうか。漢字を苦痛に感じるとか……。

「もちろん楽ではありませんでしたが、苦痛ではなかったかな。常用漢字が2000もあると言うと、ジョージアの人はみんな驚きます。でも、生活の中でも漢字は覚えることができるんですよね。毎日の暮らしの中で目にする漢字をひとつ覚えると、それは次の漢字を獲得することにつながります。それに、漢字って純粋に面白いじゃないですか。自分が言いたいことを、漢字という文字表現でより正確に伝えられる。それはとても面白いし、便利だと感じます」

(第2回に続く)

【プロフィール】ティムラズ・レジャバ/ジョージア出身。1992年に来日、その後ジョージア、日本、アメリカ、カナダで教育を受ける。2011年9月に早稲田大学国際教養学部を卒業し、2012年4月キッコーマン株式会社に入社。退社後はジョージア・日本間の経済活動に携わり、2018年ジョージア外務省に入省。2019年に在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、2021年より特命全権大使。

◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。

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