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バズる駐日ジョージア大使が語る「SNSでの緻密な心がけ」類語辞典も活用「しっくりこない言葉は使いたくない」【連載「日本語に分け入ったとき」】

NEWSポストセブン 2024年8月18日 10時59分

 日本語を母語としないながらも、今は流暢でごく自然な日本語で活躍している外国出身者は、どのような道のりを経てそれほどまで日本語に習熟したのか。日本語教師の資格を持つライターの北村浩子氏がたずねていく。最終回は、SNSで33万人以上にフォローされる「広島育ちのバズる駐日ジョージア大使」ティムラズ・レジャバさんにうかがった。【全4回の第4回。第1回から読む】

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 レジャバ大使が赴任する前、多くの日本人に名を知られていたジョージア人と言えば大相撲の力士たちだろう。黒海、臥牙丸、栃ノ心。相撲界の歴史に名を刻んだ方々だ。大使館の壁には栃ノ心の現役時代のポスターが貼ってある。

 そうだ、昔から不思議に思っていたのだけれど、外国出身の力士はなぜあんなに日本語がうまいのだろう?

「相撲の動きと言葉が一体化しているからじゃないかなあ。たとえば、押し出そう、というときに、この動作を言葉にすると押し出しだ、ということが頭に刻まれて、体の動きと合致する。心にフィットする。それを繰り返すことで、とても自然な日本語が身に付くんじゃないかと思います。

 彼らは自分の人生をかけて相撲をやっているから、いろんな取り口や技術を覚えていく中で『右四つを狙う』とか『はたき込む』とか、勝つための思考が言葉と結びついているんですよね。気持ちがちゃんとそこにあるからうまく聞こえる。そんなに難しいことを言っているわけじゃないけど、体と心と言葉ががっちり連動しているから、流暢に聞こえるんだと思います」

 明晰な分析に頷かずにはいられない。大使の、人の心をとらえる言語化の巧みさにあらためて感じ入る。

 言語化といえば、大使とジョージアのファンを増やしたのはやはりSNSでの発信だろう。投稿するうえで、心がけていることとは──。

「自分の投稿が注目されているとしたら、理由の一つは『浮いているから』だと思います。社会的に知名度のある方はSNSで気持ちを表さない傾向がありますが、自分は隠さずに感情を出している。だから際立って見えるんでしょう。

 本当の自分を見てもらいたいので、しっくりこない言葉は使いたくない。状況や、そのときの心理に一番近い表現を類語辞典で探したりもします。読む人に訴えかけるために、大げさというか、意識して強い言葉を使って書くこともありますね。私はジョージア政府から給料をもらっている外交官なので──日本の税金で働いていたら叩かれるのかもしれないけれど──ジョージアの外務省に所属している人間だから、感情を表出させた投稿をしても、まあいいかなと思っています。

 ただ、いつも注意しているのは『見渡さなければならない』ということ。誰かを嫌な気持ちにさせたり傷付けたりしないよう、ポストする前に第三者の意見を聞くこともあります。間違ったイメージを与えたくないですし、言い回しひとつでも印象はすごく変わりますよね。気軽な投稿もありますけど、限られた文字数で伝えるためにいろいろ工夫しています」

 日本語、ジョージア語、英語。日々3つの言語を駆使して仕事をされている大使は、それぞれの言語を使うとき、スイッチが切り替わるように自分自身の内側で何かが変わると感じることはあるのだろうか。

「一番気楽に、心のバリアを張らずに使えるのはやはりジョージア語ですが、それぞれ、表現の可動域が違うというのかな……たとえばなにかを指示するとき、同じ内容を日本人のスタッフとジョージア人のスタッフに伝えたとして、片方ではフラットに聞こえ、もう片方では厳しく聞こえる、みたいな現象は起きているのかもしれません。言語によって、表現しやすいこと、しにくいことというのはやはりある。性格はもちろん変わらないけれども、相手にはキャラクターが違って見えることはあり得ると思います」

 繰り返されてきた思考と経験から生まれる、言語に対する見解には強い説得力がある。そのルーツは子供時代からの葛藤にあるのかもしれない。

「『自分は何者なのか』ということを考えざるを得ない環境で成長してきたとは言えますね。子供の頃、日本人の友達と日本語で会話して、別になにも不自由はしてないのに、親に『ジョージア語の本を読め』と言われて嫌だなあと思ったときもありました。日本のゲームやアニメも好きだったし、スポーツにも打ち込んでいて、困ったことがあるわけではなかった。だけど、本当のところ、心の中ではモヤモヤしていたんですね。自分のアイデンティティはどこにあるんだろう──? その答えが欲しいと、ずっと思っていました。

 だから高校生のとき、ジョージアに1年滞在して、文化や言語をしっかり吸収したことで『自分はジョージア人なんだ』と確信を持てたのは嬉しかった。所属する場所はここだ、と分かったことで安心もしたし、自信も生まれました。大きな壁にぶつかって良かったと今では思っています」

 大使の視線は、幼い娘さんたちの将来にも向いている。

「ジョージア語と日本語を使う彼女たちが、私が直面したような壁や悩みにどんなふうに出くわすかはやはり気になります。でも、ある程度楽観的にとらえてはいます。自分ほど苦労はしないんじゃないかな、と。親の経験が参考になると思うし、今は昔よりグローバルな世界になっている。それぞれのアイデンティティや独自の文化が尊重されて、再評価されるような世の中になりつつある。

 もちろん、今は想像し得ない別の問題が3人の前に立ちはだかるかもしれない。でも、きっと大丈夫。その都度解決しながら生きていけると思います。それが人生というものですから」

(了。第1回から読む)

【プロフィール】ティムラズ・レジャバ/ジョージア出身。1992年に来日、その後ジョージア、日本、アメリカ、カナダで教育を受ける。2011年9月に早稲田大学国際教養学部を卒業し、2012年4月キッコーマン株式会社に入社。退社後はジョージア・日本間の経済活動に携わり、2018年ジョージア外務省に入省。2019年に在日ジョージア大使館臨時代理大使に就任し、2021年より特命全権大使。

◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。

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