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蛯名正義氏が振り返る、メイショウソムリエ勝利までの道「競馬を覚えていくのに時間がかかる馬も多いのです」

NEWSポストセブン 2024年8月24日 11時15分

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、“競馬を覚えていくのに時間がかかる馬”についてお届けする。

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 3歳未勝利戦が組まれているのは9月1日まで、つまりあと2週間ほど。しかし、このスケジュールは人間が決めたことで、馬には関係ありません。もちろん勝てそうと思えば照準を合わせますが、あまり期限にとらわれないようにガマンしています。強い馬はあっさり勝ち上がってしまいますが、そういう馬はほんの一握り。競馬を覚えていくのに時間がかかる馬も多いのです。

 たとえばメイショウソムリエという馬は昨年10月、ダート1600mのデビュー戦で出遅れながらも2着になりました。しかし、このレースは勝った馬が強く、それを追いかけた他の馬が失速したことで、後ろから行ったソムリエがいい脚を長く使って2着に上がることができたもの。勝った馬からは1秒以上離されており、持っている能力の一端を見せてくれたものの、次は勝てると太鼓判を押せるほどではありませんでした。

 次のレースでは先行集団につけましたが、流れが速く6着。舞台が中山1800mに替わった3走目はデビュー戦のように控える競馬がこの馬に合って3着。安定して上位に来ているからといって、続けて使うと壊れてしまうこともあるので短い放牧を挟みながら、同じ条件で3着、4着。ジョッキーからはレース後「いい感じだったのに急に止まった。距離が長いのでは?」というようなコメントがありました。

 ならばと、次は1200mに。距離適性は感じさせてくれたものの、前の馬をとらえきれず2戦続けて3着、東京の1400mでも勝ちきれません。この時点で9戦して2着2回3着5回、賞金は1000万円以上稼いでくれましたが、なかなか勝てませんでした。

 何度も2着、3着になったのならすぐにでも勝ち上がれると期待され、人気の中心にはなりますが、そうそう順番に勝っていけるものでもありません。

 そもそも馬というのはあまり先頭に立つのが好きではないのです。群れの中にいるほうが安心できますからね。だからソムリエは馬らしいといえます。

 そんな馬は無理強いしない方がいいかもしれない。「走れ走れ」って追い立てると嫌な馬もいる。自分から走りたくなるのを待つ。子供だって「勉強しなさい勉強しなさい」って言われてばかりだったら嫌になるでしょう。僕もそうでした(笑)。自分で「勉強って面白いな」と気づかないと本気にならないでしょう。好きなことは頑張れる。人間も馬も同じです。

 走りたくてしょうがないという馬はむしろ怖い。自分でブレーキをかけないから故障しやすいかもしれません。

 ソムリエは5月に東京で走った後、2か月ほど休養し、7月20日に札幌で出走。他の馬を気にすることのないよう、初めてブリンカーもつけました。何度か乗ってもらっている武豊騎手の好騎乗もありましたが、2着に4馬身差をつけて勝つことができました。

 何度も言いますが、競馬は点ではなく線で見てほしい。何度も走ってきたからこそ、何をやったらいいかわかることがあります。厩舎所属の3歳馬のうち半分以上の11頭が勝ち上がりました。これからも1頭1頭、その馬の性格に合わせて向き合っていきたいと思います。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号

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