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ハライチ岩井勇気氏、人気エッセイ最新巻について語る「世間で言語化されていないあるあるや視点を見つけると“書ける”感じがします」

NEWSポストセブン 2024年8月26日 11時15分

 お笑い芸人・ハライチのボケ担当でネタ作り担当、岩井勇気氏は、以前、エッセイの連載を依頼された時のことをこう書いていた。〈出た。なんとなくの雰囲気で、この人なら書けそうだな、と思われている。まぁまぁ世に名前が知られているコンビの、陰に隠れがちな方〉〈そんな感じの奴に「あいつ“ぽい”よね~、文章書かせてみようか」みたいなのがお決まりになっているのだろうか〉……。

 ともあれ連載は大好評のまま7年目に入り、2019年の単行本『僕の人生には事件が起きない』と2021年刊行の第2弾『どうやら僕の日常生活はまちがっている』はベストセラーに。そしてこのほど刊行された待望の第3弾が、『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』だ。

 表題も著者によるもので、「歯医者をハシゴする」「遅刻時の完璧な過ごしかた」など、24篇を所収。むしろ何も起きないからこそ視点の鋭さは際立ち、文章自体、うまくなっていません?

「うーん、どうなんですかね。でも文章はうまくなりたいと思ってはいたんです。別に書くのが好きとかでは全然なく、僕みたいなタイプで文章が拙いとみんながガッカリするから、筋トレ感覚で始めたんです。まあ最初の頃に比べれば、筋肉はかなりついたと思いますよ。丸6年も連載をやると」

 その間、30代独身という環境は若干変化したものの、基本的に事件は皆無なまま。そんな日常にも生じる違和感や〈僅かなもやもや〉を、〈言葉にして面白がることをエッセイではやっていこうと思う〉と前書きにある。

「日常は日常で普通に生活して、それをエッセイに書く時に思い返して言語化している感じですね。

 それこそ前書きに書いた〈司書の仮装のような女の人〉だと勝手に思っていた編集者が急に金髪で現われた時の〈『面白い』という気持ちと『面倒くさい』という気持ち〉の話も、その場で明確にそう思ったかというと、違うと思うんですよ。そんなような気分に漠然と陥っただけで。それを後々言語化してみたら面白いと面倒くさいが両方あって、僕はその面倒くさい部分を文章にして面白がりたいと思った。たぶん言語化したから、そう思ったんです」

 例えば1篇目「ほどよい店で考える」。ある時、昼食を食べ損ね、連日の仕事で疲れきってもいた岩井氏は、昼の営業をあらかた終えた街で〈ランチ16時まで〉と書かれた洋食屋を見つける。

 するとそこは店の構えも〈美味し過ぎるということはなさそうなメニュー〉も今の自分にはほどよい店で、その中からポークソテーとミニドリアのセットを選び、壁にかかったこれまたほどよい〈森の絵〉を眺めるうちにも料理が登場。早速食べてみると〈想像を超えない美味しさ〉が素晴らしく、〈これはもはや満点の78点と言ってもいい〉と大感激。

 だが仕事に戻る道中、彼は自分が少し疲れていることにも気づくのだ。〈どこをとってもほどよいことばかりで、店にいる間、そのことばかりを考えてしまい、ずっと感心させられていた〉〈ほどよさも、ほどよくあってほしいものである〉と。

「疲れた時って情報の多いもの、食べたくないじゃないですか。そういう話って誰が読んでも共感しやすいと思うし、世間では言語化されていないあるあるとか、面白い視点をひとつ見つけると、書ける感じはします」

 また「『許す』をテーマに生活してみたら」や、人生初の電動自転車や鍼やヘッドスパまで、何でも試してみる行動力も著者の特徴で、その分「思いつきで函館に行こうとしたら、失敗した」等々、失笑談も数知れない。

「責任感、ないっすよね。予定もちゃんと立てないし、旅行でも何でも思い立ってすぐやるのが好きなんです。ネガティブに見られがちなのは意味なくテンションを上げるのが苦手なだけで、基本はめっちゃポジティブだし、楽観的な人間です」

僕を知らない人も楽しめる日常の話

 面白いのはそうした自身の日常をどこか客観視し、一種の虚構として切り取るような、岩井氏の目線だ。

「ああ、それは確かにありますね。自分を俯瞰して、面白がっちゃうってことは、自分から自分を切り離しているんでしょうし、それがポジティブさに繋がっている気もします。例えば僕なりの正義みたいなものがあって、これは酷いと思った時に、自分が何に怒ったかを言語化しておけば怒りを保存できるし、原因を突き詰め、考え抜くことで、意味なく落ち込まなくて済みますから。

 それこそ『うわっ、オレ、スッゴク怒られてんじゃん、この歳で』って怒られてる最中に思ったり、その自分を頭の上辺りから見ている自分がいて、その見たまんまをできるだけ読みやすく書きたい。要はこねくり回した文章が苦手なんですよ。実は本もほとんど読まないし、妙に凝った文章を見ると、うわ、読みづら~、もっと読みやすく書きなよって思っちゃう。

 でも僕の本は別に文章で売れてるわけじゃないと思うんです。単に話題だからとか、写真集と同じですよ。プロの作家さんが大勢いるのに、こんなに売れるのはさすがにおかしいでしょ」

 翌日の授業に持っていく食材を買い忘れた際の苦い後悔を綴る「ナタデココだけは絶対に持っていく」や、今でいうオタクも人気者もなぜか垣根なく付き合えた奇跡的な時間について旧友と語り合う「高校生の僕と加藤と“もえたん”」。

 また某巨匠の新作に関して〈これまで目立って滑らずに面白い作品を生み出し続けてきたことが凄すぎるのである〉〈そんな人がドン滑りした時ぐらい、みんなでイジってあげるのが礼儀なのではないか〉と敬意から書く「憧れの監督の最新映画を観て考察したこと」など、思わぬ優しさやフェアさにグッとくるほどだ。

「僕はテレビをあまり見なかったせいか、昔からあるものとか有名人を有難がる習慣がなくて。『オペラ座の怪人』も『ああ、あの』と思ってないから、〈なんなんだコイツは〉〈そういうところなんだよお前のモテない理由は〉って、自分と同世代的な感覚でフラットに観ちゃうんですよね(笑)。

 あとはキラキラしすぎて逆に困った高校時代の話もギリギリ鼻につかない形で書けたと思うし、ここには仕事に遅れた話は書いても職業は一切書いていない。その方が僕のことを知らない人でも楽しめる日常の話になると思ったからで、ご存じハライチの岩井です、みたいなノリで書くのは、ホント、恥ずかしいんです」

 そうした含羞のおかげか、読後感も驚くほど爽やかな、とある人の日常の話である。

【プロフィール】
岩井勇気(いわい・ゆうき)/1986年埼玉県生まれ。上尾市立原市中学校から県立伊奈学園総合高校卒。幼馴染の澤部佑氏とお笑いコンビ・ハライチを結成し、2006年デビュー。2009年にはM-1グランプリ決勝に初進出し、『ピカルの定理』『ハライチのターン!』等のテレビやラジオ、音楽番組や麻雀番組まで幅広く活躍。昨年からはフジテレビ系『ぽかぽか』でMCを務め、2018年連載開始のエッセイ『僕の人生には事件が起きない』はシリーズ累計19万部を突破。170.5cm、57kg、O型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号

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