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映画『九十歳。何がめでたい』がロングランヒット 勝因は“初動3日間”の好成績を導いた効果的なプロモーション

NEWSポストセブン 2024年8月21日 11時15分

 草笛光子さんが御年90歳にして作家・佐藤愛子さんを演じ、初の映画主演を務めた『九十歳。何がめでたい』。公開46日で興行収入10億円を突破。現在も上映館数こそ減ったもののロングランが続いている。公開前は「いって5億円」と言われた作品がなぜこれほど──。

 映画ジャーナリストの宇野維正さんは、初週の快進撃が功を奏したと語る。

「シネコンでは初動3日間の成績が上映回数の判断材料となるので、ここで結果を残せたことが大きかった。ネットより口コミからヒットに繋がる年配層へ向けてしっかり対策し、上映機会を確保できたことが“勝因”といえます」

 前評判をよそに6月21日の公開日から3日間で11万8000人を動員し、国内映画興行ランキングで初登場2位をマーク。「元気をもらえた」「泣いた、笑った」などと口コミがじわじわと広がり、客足はどんどん伸びていった。

 しかし、裏を返せば、初動が悪かったら公開早々に打ち切られた可能性があったということ。シネマコンプレックスが主導する今の環境はそれぐらいシビアなのだ。初動がよかった背景には、今作と同じく前田哲監督と草笛さんがタッグを組んだ映画『老後の資金がありません!』(2021年)があると宇野さん。

「コロナ禍で映画館から遠のいたシニアを呼び戻す足掛かりとなった話題作で、この作品が『九十歳〜』の封切り前にテレビで初放送されたんです。週末の午後というイレギュラーな時間帯だったのも、ターゲットを年配層に絞っていたためでしょう。放送後はすぐに『九十歳~』の宣伝が続き、視聴者を映画館へと誘導する動線が自然に作られました。両作品の配給会社は違うのですが、いずれもTBSの岡田有正さんが企画・プロデュースを担当したので効果的なプロモーションが実現しました」

 一方、ヒロインの草笛さんの存在感を第一に挙げるのは映画評論家の秋本鉄次さんだ。

「年齢を重ねると誰かの母親役や脇役へ回ってしまうところを、90歳の草笛さんがメジャー作品で堂々と主演を張られた。衰え知らずの女優ぶりと活動寿命の長さに惚れ惚れしました」

 原作エッセイの世界観を見事に体現した、草笛さんの“佐藤愛子ぶり”もまた痛快だったという。

「草笛さんは“歯に衣着せぬ物言いで頑固だけど憎めない”愛子になりきっていらした。家族や編集者との日常の人間くさいやりとりを見てクスクス笑うのは昔ながらのホームコメディーのようでしたし、唐沢寿明さんが演じる昭和男の典型のような猛烈な編集者も“こういう人、いるいる”と、見ていて楽しめました」

 秋本さんはそんな“自分と地続き感がある身近な世界”が生き生きと描かれたことが、シニアの心を掴んだとも指摘する。

「地続き感があれば、親しみを持てる。私も昔は大スペクタクル映画にハマりましたが、70代になると絵空事に感じられて、魅力が薄くなりました。中高年がシネコンへ行ったら見たいものがなく帰ってきた、なんて話も聞きます。シニアが足を運ぶ『九十歳~』のような実写映画は、高齢社会の時代に求められていると感じます」

 実写映画を今後支えていくのはシニアではないかと、宇野さんも期待を寄せる。

「ゼロ年代初頭は洋画と邦画の興収比率が7対3でしたが今は逆転し、ほぼ3対7の“邦高洋低”になった。その潮流を牽引するのが若者層で、コロナ禍に大ヒットした劇場版『鬼滅の刃』などアニメーション映画が主流です。実写のヒットも中にはありますが、キラキラのアイドルが出てくる恋愛系少女コミック原作作品のような、かつての王道は若者に当たりづらくなりました」

『九十歳。何がめでたい』の快挙は、映画業界の未来をも照らす“めでたい光”となったのだ。

取材・文/渡部美也

※女性セブン2024年9月5日号

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