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書店経営者・辻山良雄さんによる“書店経営者との対話集”「解像度の高い仕事の話って、どんな仕事の話でも面白いと思う」

NEWSポストセブン 2024年8月25日 7時15分

【著者インタビュー】『しぶとい十人の本屋─生きる手ごたえのある仕事をする』/朝日出版社/2310円

【本の内容】
 いま、書店が私たちの街から消えつつある。書店の総店舗数は10年前に比べて3割減。そうしたなかで、書店を新たに起こしたり、あるいは果敢に続けている人たちに、著者が会いに行き、対話を重ねた一冊。そのスタイルは様々だが、どの人の言葉も経験に即し、地に足がついて、しかも希望もある。線を引いて胸にしまっておきたい言葉がそこかしこに。《どのような仕事でも、自ら考え、自分の足で立って行われた仕事には、すべての道に通じる普遍がある。この旅で話を訊いた彼らの仕事や生きかたには、行き詰まっているこの社会で自分らしく生きていきたい人への、ひとつの灯りになるのではないかと思っています》(「はじめに」より)。

ポリフォニーの良さが出たんじゃないかな

 東京・荻窪で「Title」という書店を営む辻山良雄さんが、個人経営の気になる本屋さんを訪ねてじっくり話を聞いた本である。対話した九人と辻山さんとで、タイトルの「十人」になる。

 インタビューは静岡・掛川の「走る本屋さん・高久書店」高木久直さんから始まって、新潟「北書店」の佐藤雄一さんで終わる。店の選び方が面白いし、ある人の言葉が次の対話の中で思い起こされたりする。

「ポリフォニー(多声的)の良さが出たんじゃないかなと思います。同じ仕事をしていても全然違う考え方だったり、やっぱり共通点があったりして、こうして一冊にまとめてみると、いろんな声が響き合う本になりました。

 この人に話を聞きたいというのは旅を始める前になんとなくありましたけど、完全にカチッと決めていたわけではなくて、最初の行き先だけ決めて、旅を続けるなかで次に行く場所がわかるみたいな、実際に旅するのと同じ流れになりました」

 2023年に閉店した鳥取・定有堂書店を訪ねたのもひとつの偶然からだった。

 20年ほど前に定有堂を訪ねたことがある辻山さんは、NHK『ラジオ深夜便』の中で自身が担当する「ブックマーク」のコーナーで、定有堂が3月末に閉店したことを話した。その翌日、放送を聴いた知人から、当初の予定を変更して4月18日まで営業を続けることを教えられる。

 すぐにお詫びの電話を入れ、何度かやりとりするうちに、辻山さんは定有堂の奈良敏行さんに会いに行くことを決める。本で書かれているとおり、「本屋の神さま」のはからいでは、と思いたくなる流れだ。

 インタビューは、スタジオジブリの雑誌『熱風』に連載された。

「『熱風』で何か書きませんか、とお話をいただいてから、何を書けばいいのかが決まらず、1年近くモヤモヤ考えていました。自分の店で起きるできごとは、別の媒体で書いていますし。

 2016年にこの店を開いて、仕事にも慣れて、これでいいのかなと思うようになったんです。コロナ禍でなかなか外に出られない時期とも重なっていたので、他の人の言葉を聞いて、この仕事がどういうものか考えなおすことならできるんじゃないかと今回の旅を思いつきました」

 連載時のタイトルは「日本の『地の塩』をめぐる旅」。「地の塩」とは聖書に出てくる言葉で、派手さはないが世の中に必要なものという意味があり、書店に対する辻山さんの思いがうかがい知れる。

自分を大切にしながら働く人たちがここにいる

「連載中、『辻山さんの連載、読んでいます』と言われることはあっても、『日本の「地の塩」……』と正しくタイトルを言ってもらえることはなかなかなくて。やっぱり言葉になじみがないんですかね。私も本を売る立場の人間ですから、本にするときに変えた方がいいかなと思いました。

 いまの時代って、人間を人間として扱わないところがあります。たとえば数字みたいに扱ったり、AIに置き換えればいいんじゃないかと考えたり。働く場面で人間性が次第に失われつつあるいま、自分を大切にしながら人とのかかわりを持てる働き方をしている人がいる。手前味噌かもしれませんが、そういうわれわれの仕事の実相を知ってもらうことで、何かのヒントになればいいなと思います」

 同業者どうしの率直なやりとりが興味深い。たとえば京都の丸太町にある誠光社の堀部篤史さんの「個人として生きたい人と、それを消費しようとする人たち。それって戦争みたいだなと……」という言葉。SNS用に写真を撮ろうと個人の店に押しかける人たちについて、見えているようで見えていなかったものを見せられ、どきっとした。

「京都の人は一見さんに対して木で鼻をくくった対応をすると言われたりしますけど、一方で仲間どうしの絆がしっかりあって、自分たちの生きる場所を守るみたいな気持ちが強いように思います」

 インタビューする側の辻山さんが逆に質問されることもあり、話はどんどん深く掘り下げられていく。

「解像度の高い仕事の話って、どんな仕事の話でも面白いと個人的に思っています。同じ仕事の人間どうしですから、リアルな話がガツンとできた。話を聞いているときはぼんやりした印象だったのに、文章に起こしてみたら、すごく光る言葉が多くてびっくりしたこともあります」

 京都と大阪の中間ぐらいに位置する水無瀬の長谷川書店、長谷川稔さんの、こんな言葉も印象に残る。

「この仕事をはじめたときから、全力で可能性のほうにかけ続けているんですよ。お客さんを低く見ないというか、見くびらないようにして」

 ふつう新刊書店では、話題の本を目立つところに平積みにするが、長谷川書店水無瀬駅前店では、平積みにすると売れないので一冊ずつ並べる。一対一のやりとりなのだ。

「先日、関西で用があって長谷川書店をのぞいたんですけど、ぼくたちが店にいるあいだずっと、長谷川さんは、お客さんに話しかけられてましたね。子どものいるお母さんや近所のおばあちゃんがやってきて、何か話して『バイバイ』と去っていくんです」

 旅の終わりは新潟・北書店に行くと決めていたそう。辻山さんが北書店の佐藤さんに初めて会ったのは2015年7月20日、勤務先のリブロ池袋本店が閉店した日だった。

 佐藤さんは2022年に脳内出血で緊急搬送された。復帰後は一度、店を閉じ、移転して規模を縮小して再開するが、辻山さんが訪れる少し前には取次(仕入れ先)が倒産、新たな取次を見つけて……と波乱はさらに続いていた。

「なんだこの試練は」と憤りつつ、佐藤さんは本屋を続けている。2時間半、立ちっぱなしで行われたという怒濤のインタビューは、「地の塩」であることと、本のタイトルの「しぶとさ」も感じさせ、旅の終わりにふさわしい、密度の濃い内容になっている。

【プロフィール】
辻山良雄(つじやま・よしお)/1972年兵庫県生まれ。大手書店チェーン「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京都杉並区(荻窪)に新刊書店「Title」を開業した。著書に『本屋、はじめました』『365日のほん』『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』、『ことばの生まれる景色』(nakabanとの共著)がある。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年9月5日号

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