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【失敗の法則】「予算内、期限内、とてつもない便益」は実現可能か 高速増殖原型炉もんじゅから紐解く「巨大プロジェクト」が成功しない理由

NEWSポストセブン 2024年9月2日 16時15分

 大小かかわらず、官民問わず、さまざまなプロジェクトが進行する中で、「予算内、期限内、とてつもない便益」という3拍子を揃えられるのは0.5%に過ぎない。

 約束通りに実現するプロジェクトはほとんどないということだ。実際に数十年の歳月と1兆円を超える莫大な予算が投じられていながら、ほとんど成果を出せずに終わりに向かっている政府の巨大プロジェクトがある。

 世界中のプロジェクトの「成否データ」を1万件以上蓄積・研究するオックスフォード大学教授が、予算内、期限内で「頭の中のモヤ」を成果に結びつける戦略と戦術を解き明かした『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。

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 1983年、日本政府は有望な巨大プロジェクトに着手した。このプロジェクトは知恵の象徴とされる文殊菩薩にちなんで、「もんじゅ」と命名された。

 もんじゅは完成すれば、原子力発電所として消費者に電力を供給するとともに、新型原子炉である高速増殖炉として原子力産業に燃料を供給することになる。国内資源に乏しく、エネルギー問題につねに悩まされてきたこの国で、もんじゅは発電に使った以上の核燃料を生み出す、夢の原子炉として大いに期待された。

 1985年に建設が始まり、約10年後の1995年に発送電を開始した。だが同年に火災事故が発生し、直ちに運転停止となった。事故後の隠蔽工作が発覚して政治スキャンダルに発展し、そのせいで運転停止は長期化した。

 2005年に最高裁がもんじゅの設置許可を有効とする判決を下し、運転再開が認められた。だが2008年に予定された再開は、2009年に延期された。

 2010年にようやく試運転が始まり、2013年からの本格運転をめざした。だが2013年5月、原子炉の安全確保に欠かせない重要機器を含む、1万4000点の機器の点検漏れが見つかり、再開はさらに遠のいた。

 その後も保安規定違反が相次いで確認された。これらを受けて日本原子力規制委員会は、日本原子力研究開発機構(JAEA)がもんじゅの運営主体として不適当であると宣言した。この時点でもんじゅに投じられた国費はすでに120億ドルに上り、運転を再開して10年間稼働させるにはさらに60億ドルの費用が必要とされた。折り悪く2011年の東日本大震災時の原発事故により、国内世論は反原発に大きく傾いていた。政府はとうとうさじを投げ、2016年にもんじゅの廃止を発表した。

 もんじゅの廃炉コストは、30年間で約34億ドルと推定されている。もしこの見積もりがほかの見積もりよりも正確だとすれば、プロジェクトは60年の歳月と150億ドルの資金を費やしたあげく、生み出した電力はほぼゼロ、ということになる。

 もんじゅは極端な例だが、例外ではない。いや、例外にはほど遠い。原子力発電は私のデータベースで最もパフォーマンスの悪いプロジェクトタイプの1つで、コスト超過率は実質ベースで平均120%、工期の超過率は平均65%である。おまけにコストと工期の両方にファットテールのリスクがある──つまりコストと工期の見積もりを20~30%どころか、200~300%、ときには500%以上超過する可能性がある。もんじゅが華々しく証明したように、生じ得る損失に上限はほぼない。

 問題は原子力だけではない。ほかの多くのプロジェクトタイプも、これよりいくぶんましというだけだ。もんじゅのような巨大プロジェクトが一般に設計、実行される方法にこそ、問題がある。この問題を理解すれば、矛盾するようだが、大きいものを小さくつくることができる。小さいどころか、レゴのブロックのようにささやかなものを使って、驚くほど大きなことができる。

1つの大きいもの

 莫大な規模のプロジェクトを設計し、実行する方法に、1つの大きなもの、あるいは巨大なものをつくる方式がある。

 もんじゅは1つの巨大なものだ。ほとんどの原子力発電所がそうだ。巨大な水力発電ダムや、カリフォルニアなどの高速鉄道、巨大ITプロジェクト、高層ビルもだ。

 こういうつくり方をすると、1つのものだけをつくることになる。そしてそれは定義上、唯一無二のもの、仕立て用語で言えばオーダーメイドになる。標準の部品や既製品は使わず、前例を単純にくり返すこともしない。

 すると必然的に時間がかかり、複雑になる。たとえば原子力発電所は無数のカスタム化されたパーツやシステムでできていて、発電所全体が機能するためには、その1つひとつが単体としても、全体としても機能しなくてはならない。

 複雑なカスタム性一つとっても、この方式がいかに困難かがわかる。だがそれをさらに難しくしている要因が、ほかにもある。

 第一に、原子力発電所をすばやく建設して、しばらく運転し、何が機能するのかしないのかを確かめてから、その教訓を活かして設計を変更する、などということはできない。そんなことをしたらコストもリスクも高くなりすぎる。つまり、「実験」──優れたプロジェクトを特徴づける「エクスペリリ(実験+経験)」の半分──ができない。となれば、一発で成功させる以外に選択肢はない。

(エクスペリリはラテン語の動詞で2つの英単語、エクスペリメント(実験する)とエクスペリエンス(経験する)の語源で、「試みる」「試す」「証明する」などの意味がある)

 第二に、エクスペリリの残り半分の、「経験」についても問題がある。原子力発電所を建設する人は、経験をあまり積んでいない。なぜなら過去に建設された原発は少ないし、1基を建設するのにとてつもなく時間がかかるからだ。だが実験ができず、経験が乏しいにもかかわらず、一発で成功させなくてはいけない。これは不可能ではないにせよ、きわめて困難である。

 それに、たとえ多少の経験があったとしても、この特定の原発を建設したことはないはずだ。わずかな例外を除けば、それぞれの原発は、実際の立地に合わせて、時代とともに変わる技術を用いて設計される。もんじゅと同様、唯一無二のカスタム品だ。

 カスタム化されたものは、仕立てのスーツと同様、つくるのにコストと時間がかかる。たとえばスーツづくりの経験がほとんどない仕立屋が、オーダーメイドのスーツを一発でうまく仕立てる必要があるとしたらどうだろう? よい結果に終わるはずがない。

 ただのスーツでもこれなのだから、数十億ドル規模の複雑きわまりない原発の難しさは計り知れない。

巨大だと「完成」するまでお金を生まない

 実験と経験が不十分だと、プロジェクトを進めるうちに、予想以上に困難で高くつくことがわかってくる。思わぬ問題にぶつかり、うまくいくはずの方法が失敗する。

 おまけに、試行錯誤することも、計画を修正してやり直すことも許されない。これはオペレーションの専門家が「ネガティブラーニング(負の学習)」と呼ぶ現象である。学習すればするほど問題が見つかり、それに対処することがますます困難になり、コストもかかる。

 第三が、経済的負担だ。原発は100%完成するまでは電力を生産できない。9割方完成していても、まったく使い物にならない。つまりこの原発につぎ込まれた莫大な資金は、除幕式を終えるまでの間は、何の便益も生まないのだ。

 そして、カスタム性と複雑性、実験と経験の不足、ネガティブラーニング、一発ですべてを成功させる必要性を考えれば、それは非常に長い年月になる。こうしたすべてが、原発建設の惨憺たる実績のデータに表れている。

 そして最後に、ブラックスワンを忘れてはいけない。どんなプロジェクトも予測不可能で衝撃的なできごとの影響にさらされやすく、その可能性は時間の経過とともに高まっていく。したがって、完成に膨大な時間がかかる「1つの大きいもの」は、不測の事態に翻弄されるリスクが必然的に高い。

 もんじゅに起こったのが、まさにそれだった。プロジェクト開始から四半世紀以上が過ぎ、まだ運転準備が完了していなかったとき、大震災による津波が福島原発を襲った。そしてその結果起こった事故のせいで、世論が反原発に傾き、ついには政府を動かして、もんじゅは廃炉されることになったのだ。

 1983年当時、こんな展開を誰が予見できただろうか? だが実行に数十年かかるプロジェクトでは、不測の事態は必ず起こる。

 これらの要因が積み重なるのだから、原子力発電をはじめとする「1つの大きいもの」型プロジェクトの実行に、とてつもない時間とコストがかかるのは、何の不思議もない。完成するだけでもすごいことだ。

【プロフィール】
ベント・フリウビヤ Bent Flyvbjerg/経済地理学者。オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長。「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」(KPMGによる)であり、同分野において最も引用されている研究者である。『メガプロジェクトとリスク』などの著書、『オックスフォード・メガプロジェクトマネジメント・ハンドブック』などの編著多数(いずれも未邦訳)。ネイチャー、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、CNNほか多数の著名学術誌や有力メディアに頻繁に取り上げられている。これまで100件以上のメガプロジェクトのコンサルティングを行い、各国政府やフォーチュン500企業のアドバイザーを務めている。数々の賞や栄誉を受け、デンマーク女王からナイトの称号を授けられた。

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