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なぜイーロン・マスクの宇宙プロジェクトは成功したか 「スペースX」の成功要因にある“モジュール性”

NEWSポストセブン 2024年9月3日 11時45分

 大小かかわらず、官民問わず、さまざまなプロジェクトが進行する中で、「予算内、期限内、とてつもない便益」という3拍子を揃えられるのは0.5%に過ぎず、約束通りに実現するプロジェクトはほとんどない。

 莫大な規模のプロジェクトが失敗に終わる要因の一つに唯一無二のカスタム品である「1つの大きいもの」を作ろうとしてしまうことがある。一方、大きいものだとしても小さく分けて大きいものを作ると考えると、話は違ってくる。

 世界中のプロジェクトの「成否データ」を1万件以上蓄積・研究するオックスフォード大学教授が、予算内、期限内で「頭の中のモヤ」を成果に結びつける戦略と戦術を解き明かした『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。

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 1つのレゴブロックは小さいが、9000個以上集まれば史上最大級のレゴセット、「コロッセオ」になる。これがモジュール性だ。

 周りを見回せば、モジュール性はどこにでもある。レンガの壁は数百個のレンガでできている。ムクドリの群れは単体の生き物のように動くが、数百、数千羽で構成される。人体もモジュール型で、数兆個の細胞が集まってできている。これには進化的な理由がある。生存競争に勝つ「適者」は、自己複製に長けたモジュールであることが多いのだ。

 モジュール性の中核にあるのが、「反復」だ。レゴブロックを1個置こう。それにもう1個のレゴをはめよう。また1個。さらに1個。反復、反復、反復。パチッ、パチッ、パチッ。

 反復はモジュール性の真髄である。反復は実験を可能にする。うまくいったことは計画に取り入れよう。うまくいかなかったら、シリコンバレーで言うように「さっさと失敗」して、失敗の原因を分析、学習し、計画を調整しよう。あなたは賢くなり、設計は改善される。

 また、反復は経験を生み出し、パフォーマンスを改善する。これが、「ポジティブラーニング」である。反復することによって学習曲線を駆け上がり、反復するたびにより効率よく、簡単に、安く、速くできるようになる。

 ラテン語の格言にあるように、「反復は学習の母」である。

マスクはレゴのように「工場」「スペースX」を作った

「このプロジェクトの基本の構成要素は何だろう? 何度もくり返しつくるうちに、スキルと効率を高められるものは何だろう?」

 すべてのプロジェクトリーダーが、この問いに答えなくてはならない。たくさん組み合わせて、大きいものや巨大なものをつくれる、小さいものとは何だろう? つまり、私たちのレゴは何だろう? この問いを考えることで、驚くべき発見があるはずだ。

 たとえば巨大な水力発電ダムを例に取ろう。このプロジェクトは、川を巨大ダムでせき止めるか、せき止めないかの二者択一の問題で、モジュール性が入り込む余地などない、と思うかもしれない。

 だが実はあるのだ。河川の水流の一部を迂回させ、小型の水力発電タービンに通してから元の水路に戻すこともできる。これは「小(規模)水力発電」と呼ばれる方法だ。この種の発電設備は規模が小さく、巨大ダムに比べわずかな電力しか生成できない。だがこれらをレゴとみなして、いくつも組み合わせれば、環境負荷と反対運動、コスト、リスクを抑えながら、大規模な発電を行うことができる。

 水力発電王国ノルウェーは、人口わずか500万人だが、小水力発電を国策として積極的に推進し、2003年以降350件を超える小水力発電プロジェクトを進めており、その数は今も増え続けている。

 巨大工場の建設は、1つの大きいものをつくるか、つくらないかの二択に思えるかもしれない。だが起業家イーロン・マスクの自動車会社、テスラが建設するギガファクトリー1(現ギガ・ネバダ)は、当初からモジュール方式で設計された。

 マスクのレゴは、小さい工場だ。それを1つ建設して、稼働させる。その隣に2つめを建てて1つめと統合し、3つめ、4つめと増やしていく。テスラはこの方法を取ることによって、巨大施設の建設作業を進める間にも、発表から1年と経たずにバッテリーの生産を開始して、収益を上げ始めた。完成すれば、21のレゴブロックからなる、世界最大の敷地面積を有する工場が誕生する。

 イーロン・マスクはモジュール性の主要要素を、彼のエンジニアリング手法の根幹に据え、まったく異質なベンチャーにもモジュール性を導入している。宇宙輸送とサービスに革命を起こしたマスクの会社スペースXは、テスラと何の共通点もないように見えるかもしれない。

 だが再現可能なモジュール設計によって学習曲線を駆け上がり、実行を加速させ、パフォーマンスを改善する手法は、スペースXの計画立案・実行方式にも織り込まれている。

 これまで宇宙開発は、大規模で複雑な単発的プロジェクトを中心として推進され、膨大な資金がつぎ込まれてきた。設計・開発に当初予算の5.5倍の88億ドルを要した、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、その最新の一例に過ぎない。だが宇宙開発にもモジュール性の教訓が定着しつつあることを示す、有望な兆候がある。

 たとえば人工衛星の製作では、衛星画像ベンチャーのプラネット(旧プラネット・ラブズ)が、携帯電話やドローン用に量産される市販の電子部品を使って、10センチ角の立方体型モジュールを安価に、簡単につくっている。これらのレゴを組み合わせたものが、「キューブサット」モジュールになり、キューブサットを3個組み合わせたものが、超小型人工衛星「プラネット・ダヴ」の電子装置になる。

 従来型の複雑で高価な大きい衛星とは対照的に、ダヴは重量は約5キロ、製作期間は数か月、しかも製作コストは100万ドル未満と、衛星としては破格に安価なため、失敗しても倒産を恐れずに学習することができる。

 プラネットはすでに数百基のダヴを軌道に乗せ、これらの「フロック(衛星群)」を利用して、気候や農業条件、災害対応、都市計画の監視を行っている。政策当局の対応が求められるプライバシー上の懸念はあるものの、ダヴの衛星は、とくにNASAのオーダーメイド型アプローチと比較した場合の、モジュール型システムの適応性と拡張性の高さを強く指し示している。

【プロフィール】
ベント・フリウビヤ Bent Flyvbjerg/経済地理学者。オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長。「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」(KPMGによる)であり、同分野において最も引用されている研究者である。『メガプロジェクトとリスク』などの著書、『オックスフォード・メガプロジェクトマネジメント・ハンドブック』などの編著多数(いずれも未邦訳)。ネイチャー、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、CNNほか多数の著名学術誌や有力メディアに頻繁に取り上げられている。これまで100件以上のメガプロジェクトのコンサルティングを行い、各国政府やフォーチュン500企業のアドバイザーを務めている。数々の賞や栄誉を受け、デンマーク女王からナイトの称号を授けられた。

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