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パリ五輪選手への誹謗中傷投稿を慌てて消した中年男性の弁明「思ったことを書いただけ」「他にもひどい投稿をしている人はたくさんいる」

NEWSポストセブン 2024年9月1日 16時15分

 パリ五輪の期間中、選手やその関係者に対するインターネットでの誹謗中傷は8500件超あったと、国際オリンピック委員会(IOC)選手委員会が発表した。日本でも、負けた選手へ心ない言葉を投稿するユーザーが相次いだことが問題視され、五輪閉幕から数日後のタイミングで、横浜DeNAベイスターズの関根大気選手が自身への誹謗中傷投稿について「発信者情報開示請求」の申し立てが認められたと公表したことが話題になった。ライターの宮添優氏が、SNSでアスリートへの誹謗中傷を繰り返したユーザーに、なぜ誹謗中傷投稿をしたのかについて聞いた。

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 プロアマ問わず、アスリートたちはネットでの「誹謗中傷」に悩まされている。最近は日本でも、告訴や損害賠償請求の手続きをとったと公表することが増えつつある。誹謗中傷にどう対峙するかは、これまで選手個人の意向にまかされてきたが、日本プロ野球選手会をはじめ、各スポーツの団体なども追従するとみられる。取材した大手紙社会部記者は、これら最近の変化は、選手への誹謗中傷対策について大きな転換点になると説明する。

「野球選手やサッカー選手などへの誹謗中傷は、インターネットが普及する以前からありました。野球場やサッカー場へ行けば、敵チームの選手やプレーにヤジを飛ばすお客さんが必ずいたし、選手とその場で口論になることもありました。でも、最近の誹謗中傷は違う。本当にファンなのかも、どこの誰かもわからない人から、急に『死ね』『消えろ』『辞めろ』と書き込まれたり、メッセージを送りつけられる。いくら有名人だからといって、何を言われてもいいわけではありません。誹謗中傷によって精神的に不安定になり、思うようにプレーができなくなった選手もいる。やっと具体的に動いたな、という印象です」(大手紙社会部記者)

 本当に選手がプレーに集中できなくなるほどの言葉が投げつけられているのかと疑うなら、プロ野球の試合がある時間帯にSNSを覗いてみるといい。チャンスの場面で凡打に終わった打者、ピンチで打たれた投手には、匿名のSNSアカウントから死ね、バカ、野球をやめろなどの罵詈雑言がいくつも本人のアカウントに直接ぶつけられる。サッカーの国際試合のときには、偶発的なファールにより相手を負傷退場させた選手に人殺し、サッカーをやめろ、といった言葉が投げ付けられる。

 これら誹謗中傷している人たちのSNSアカウントをリアルタイムでチェックしていたところ、気が付いたことがある。誹謗中傷の投稿の半分程度は、投稿から一日かそこらで消される、という傾向があるのだ。おそらく、頭に血が上るなどして誹謗中傷をしてみたものの、時間が経って冷静になり、謝罪も訂正もしないまま、コッソリ消しているのだ。

 かつてプロ野球の球場で客席から選手に投げつけられたヤジは、ヤジる客が周囲の客や選手本人に顔をさらしているので、コッソリ消えるのは不可能だった。だが、匿名アカウントからの発信なら、最初から最後まで顔無し、名無し、誰にも正体は知られないまま消えることができると思っているらしい。

選手だけでなく審判や観客まで誹謗中傷される

 ネットでの誹謗中傷の相手は有名なプロスポーツ選手やアスリートだけにとどまらない。全国的に名が知られている選手であれば、話題にする人も多く、悪口雑言を投げつけられる可能性は高まってしまうだろう。だが、SNSユーザーは暴走し始めておりターゲットは拡大され、被害は増えるばかりだ。関東の公立高校で野球部の顧問を務める男性(50代)が打ち明ける。

「近年では、選手だけでなく審判や観客、アナウンサーや解説者までが誹謗中傷のターゲットになっています。例えば、高校野球の中継などは、応援席で応援しているシーンがカメラで抜かれ、放送されてしまうだけで何かしら文句を言われてしまうレベル」(公立高校野球部顧問)

 高校野球の試合では、微妙な判定を下した審判に対し「死ね」や「老害」といった言葉が飛び交い、パッと映し出された応援席で懸命に踊って応援を盛り上げる選手に対して「負け犬」とか「恥ずかしくないのか」とか、とにかく罵詈雑言の雨嵐で、誹謗中傷が止む気配は一切ないのだという。

「球場で、いわゆる”ヤジ”的に言われるのとは全く違う。ほとんど、集団いじめとか集団リンチといった様相です。自身の判定がSNSで問題視され、誹謗中傷されてお休みになったという審判員さんもいるほど。生徒には、SNSを見ないように指導したこともあります。全く関係のない部外者に、ああだこうだと一方的に誹謗中傷された審判さん、生徒が不憫でならない。生徒の夢すら諦めさせてしまう。本当に許せない」(公立高校野球部顧問)

「思ったことを書いただけ」

 スポーツに関わるあらゆる人たちに被害が広がるなか、プロスポーツ選手やアスリートたちが「誹謗中傷」を許さないという強い姿勢に転じたことは、確かに一定の抑止効果をもたらすであろう。しかし、肝心の加害者側が「犯罪行為を行ってしまった」と自覚するまでには、まだかなりの時間がかかるかもしれない。

 筆者は、パリ五輪に出場していたとあるアスリートについて「スポーツ選手失格のゴミ」「クズは早く引退しろ」「ほかの選手の夢をつぶすな」などと誹謗中傷していたユーザーの書き込みを保存。投稿から、関西地方の飲食店経営者であることも突き止め、本人に電話取材した。最初は「知らない」と取材拒否の姿勢を見せたが、のちに本人の携帯電話から折り返しがあり、ほとんど錯乱したような状態で「謝罪させてくれ」と懇願し、次のように釈明した。

「いろいろな選手、芸能人について思ったことを書いただけ。言論の自由だと思うが、犯罪になるというのなら消すから、どの投稿かを教えてほしい。自営業のため、誹謗中傷したことが家族や取引先にばれたら、人生が終わる。むしろ、ただ書き込んだだけで、投稿を見た人も数百ユーザーしかいない。なんで私をターゲットにするのか。他にもひどい投稿をしている人はたくさんいるのに」(誹謗中傷を行った男性)

 このように、誹謗中傷に及ぶ人の多くは、自分の投稿で相手を傷つけたという認識が薄い。むしろ、自分の行為を「正当化」した上で、それでも犯罪になるなら消す、と居直る傾向が強い。相手に申し訳ないという気持ちよりも、自分が逮捕されたくない、社会的な制裁を受けたくないという思いから、面従背腹でしかないだろうが、形だけ「謝罪」をしようとポーズを見せるのだ。

 自分が言われたら、大切な家族や恋人が同じ目に遭ったら──

 そんな簡単な想像すらできない人々に、いくら「誹謗中傷はダメだ」と言ったところで、理解できるはずがない。ユーザーたちの治安維持能力に望みを託していたが及ばない現状を鑑みれば、「法的措置」以外に取りうる手段はなくなってしまった。こうなったら粛々と法によって加害の事実を認定させ、それによって反省を促して再発を防止するしかない。だが、法的な手続きを完了したところで、誹謗中傷を受けた側の心理的、肉体的不安が緩和されるわけではないことも、忘れてはならないだろう。

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