Infoseek 楽天

カツセマサヒコさん、3作目の長編小説『ブルーマリッジ』についてインタビュー「自分の中に潜む偏見とどう向き合っていくかは一生続くテーマだと思う」

NEWSポストセブン 2024年9月1日 16時15分

【著者インタビュー】カツセマサヒコさん/『ブルーマリッジ』/新潮社/1760円

【本の内容】
 雨宮守と土方剛の2人の男性の視点で交互に物語が綴られる。《声は掠れ、震え、裏返る寸前だった。指先は感覚をなくして、もう自分の体じゃないみたいだ。/─結婚しませんか》(雨宮)。《離婚したいと、妻が言った。/娘の結婚式の翌々日のことだった。/聞き間違いかと思ったが、そうじゃなかった》(土方)。結婚と離婚、年齢も状況もまるで違う2人の男性の物語は交錯し、その先には思いもよらぬ人生の暗転が待っていた──。「ブルーマリッジ」のタイトルがじわじわと胸を締め付け、価値観を揺さぶる傑作恋愛小説。

 淡いブルーとピンクの繊細な色味の装幀だが、半透明のカバーを外すと深い青の水面の表紙が現れ、ハッとさせられる。

「結婚って一見美しいイメージですけど、ヴェールをめくると、美しいだけじゃなく地味だったり大変だったりすることもありますよね。本の内容に沿ったデザインで、装幀でこういうこともできますよ、と提案していただいて、それはぜひ、ということで実現しました」

きちんと過去を向き合う話を書いてみたいというところから

『ブルーマリッジ』は、カツセさんの3年ぶり3作目の長編小説である。

 雨宮守と土方剛。年の離れた2人の男性の視点で、交互に語られる。

 26歳の雨宮は同棲している年上の恋人にプロポーズした場面から、50代の土方は妻に離婚を切り出されるところから物語が始まる。雨宮と土方は同じ専門商社で働いており、2人の視線は時々交錯する。

 結婚の難しさを男性の視点で描いた普遍的な物語として読める一方で、表紙カバーを外したときの驚きに似て、読みすすめると、無自覚な加害という非常に現代的なテーマに突き当たる小説でもある。

「ライターの仕事を始めてずいぶんたちますが、この7、8年、ジェンダーやフェミニズムに関する情報が自然と自分の中に入ってきて、学生時代の自分の言動や、過去にライターとして書いた記事の無自覚な加害性に気づくことがあまりに多かったんです。そういう人間がこれからも表現を続けていくとしたら、いったんきちんとその過去と向き合ってみる話を書いてみたいというところからこの物語が生まれました。

 無自覚な加害ってどこでいちばん行われるんだろう。やっぱりいちばん身近な恋人やパートナーに向けてなんじゃないか。そう考えて結婚と離婚というテーマに結びついたという流れです」

 はじめは妻から離婚したいと言われる土方を軸にして書いていたが、改稿するうちにどんどん変わっていき、雨宮と土方をほとんど同じ重さで描く、いまのかたちに落ち着いたという。

 優秀な営業マンの土方は、管理職になると部下にも自分と同じように働くことを要求、目をかけていた部下の女性にパワハラだと訴えられる。パワハラを匿名で告発できるこの制度の発案者が人事部に配属された雨宮だった。

「2人がそれぞれ『いいやつ』と『悪いやつ』になっちゃいそうですけど、善と悪に分けてこの小説を書きたくない気持ちがすごくあって。人間関係も、もっと大きい国と国との関係性もそうなんじゃないかと思うんですけど、それぞれがこれまでの慣習や信念に基づき行動した結果、加害が起きると思うんですよね。

 なので、加害にいたるまでの過程にもスポットライトを当てて書こうと意識しました」

 おれはこんなにがんばってきたのに、どうして妻も部下もわかってくれないのか。土方の目に見える世界も丁寧に描かれるので、彼の心情がきちんと読者に伝わってくる。

 雨宮についてもそれは同じで、パワハラ被害者の話を聞く立場の雨宮が、ある人との関係では小さな加害をくりかえし、その本人から言われるまでそのことに気づいていなかったりもする。

完成だと思って原稿を送るたびに、大量の赤字が返ってきた

 苦境の彼らに手を差し伸べるのが、どちらのケースも同性の知人であることにもカツセさんの思いが投影されている。

「男性性の鎧みたいなものを着こんでいるとき、その鎧を剥いでくれる人が近くにいないといけない、というのは自分が実感していることで、男性どうしでケアできたらいいな、という気持ちがありました。窮地に陥った男に女性が手を差し伸べる、ケア役に女性をあてる物語は、もういいかなと思ったので」

 原稿を書き上げてからさらに1年近く改稿を重ね、最後は出版社の宿泊施設に泊まり込んで完成させたそうだ。

「ぼくはこれで完成だと思って原稿を送るんですけど、そのたびに大量の赤字が返ってきて。なんで伝わらないんだ!と思いながらも直すたびに圧倒的によくなる実感があるので悔しいですよね(笑い)。

 改稿を重ねるたびに担当編集者と議論を重ね、『こういう被害を受けた人はこんな発言をできるだろうか?』『どんな会社なら現実的か?』とじっくり話し合いました」

 カツセさんは新卒で印刷会社に入社し、小説の雨宮と同じように人事系の職場に配属されている。メンタルヘルスの問題で休職した社員の復帰面談や退職面談に立ち会ったこともあったそうだ。

 会社員時代に書いていたブログの文章に目を留めた編集プロダクションの社長から誘われて転職。ウェブライターとしてさまざまな仕事をするなかで「小説を書いてみませんか」と編集者に言われて書いたのが、映画にもなった『明け方の若者たち』である。

 前2作の小説はコロナ禍まっただなかでの刊行で、読者と会えるイベントがほとんどできなかった。今回の『ブルーマリッジ』でようやく東京以外でもサイン会ができた。

「すでに読んだというかたからいろんな声を聞かせてもらって。自分の経験を話してくれて、被害の場合も加害の場合もそれぞれあったりして、みんな簡単にはハッピーエンドを迎えられない物語を生きているんだなと実感しました」

 女性からの、「自分の加害性を考えるきっかけになりました」という声を聞くのが意外だったという。

「男性読者で、『自分の過去を顧みるきっかけになりました』と言ってくれた人もいました。いちばん読んでほしい、ふだんビジネス書しか読まないような管理職男性からの感想はまだあまり届いていないので、ぜひ読んでもらいたいです。

 これを書いたからもう大丈夫という免罪符みたいなものはなくて、過去から目を逸らさず生きていくことが大事だし、いまも自分の中に潜む偏見とどう向き合っていくかを必死に考えているところです。一生続くテーマだと思います」

【プロフィール】
カツセマサヒコ(かつせ・まさひこ)/1986年東京都生まれ。ウェブライターとして活動しながら2020年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。同作は2021年、北村匠海主演で映画化もされた。同年、川谷絵音率いるバンド「indigo la End」の楽曲を基にした小説『夜行秘密』を書き下ろし。本作は3作目の長編小説。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年9月12日号

この記事の関連ニュース