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【80才で声優デビュー】杉良太郎「アニメ映画」で親鸞聖人を演じる「なぜ生きるかを問いかける、重いテーマ」

NEWSポストセブン 2024年9月4日 4時0分

「親鸞聖人とは、人生の節目になんか因縁があるんです。だから今回のお話も“あぁ、きたか”って……。深いご縁を感じました」──歴史アニメ映画で親鸞聖人役を演じることになった心境を、杉良太郎(80才)はこう語った。2025年2月に劇場公開予定の『親鸞 人生の目的』で主人公・親鸞聖人の晩年の声を務める。8月22日には都内でアフレコの公開収録が行われた。

「80代の親鸞聖人役のオファーをいただいた時、自分はまだ79才だった。ところがスケジュールが延びて、80才になった直後に制作が始まったんです。これもえらい因縁だなぁと。私のお墓は築地本願寺の分院にあります。生前に妻(伍代夏子)とのお墓を建てたんです。築地本願寺は親鸞聖人を宗祖と仰ぐ、浄土真宗本願寺派の寺院。舞台の稽古場としても築地本願寺のホールに長らく通っていて、訪れたのは数知れない。そんな個人的な想いがあって、どう演じられるか悩みましたよ。“どこまでできるだろう”と余計な気負いもあった」

 普段のスーツ姿ではなく、羽織袴の正装でマイクの前に立った杉。

「スーツでは親鸞聖人を演じられないと思ったんです。気持ちとしてね。役作りとして親鸞聖人にどう近づけるかといったら近づけないし、自分との共通点を見出すのもおこがましい。どうしたって比べて、というのは無理なんです。あまりに難しい役だけれど、自分なりにやるしかないと腹をくくりました」

 本作は高森顕徹さんの著書を原作とした劇場版アニメで、『なぜ生きる-蓮如上人と吉崎炎上-』(2016年)、『歎異抄をひらく』(2019年)に続く親鸞シリーズの第3弾。最新作となる『親鸞 人生の目的』では出家前の8才から晩年までの親鸞聖人の生涯が描かれ、この日は、僧侶の身でありながら女性(関白・九条兼実の娘、玉日姫)に恋焦がれる心の内を吐露するシーンが収録された。

「僧侶が鴨川の河原でデートするなんてまぁ、鎌倉時代には考えられない。そんな、僧侶の妻帯が許されていなかった時代に結婚を決行している。生涯、煩悩まみれですよ。そこが非常に人間らしくて、いいなって。パツッと断ち切って“はい、煩悩はさようなら”なんてことができるのは、神の域。神様は、絶対にわれわれの手が届かない高みにいらっしゃる。

自分は社会福祉活動をしながら、“人間は煩悩をすべて振り払うことができるのか”“どうしたら”といつも、いつも考え続けてきた。親鸞聖人は『煩悩あるがままで救われる』と説く法然上人との邂逅で救われましたが、われわれの人間社会ではもがき苦しんだというだけできっと十分だろう。そう感じました。この作品は『なぜ生きるか』を問いかけている。重たいテーマです」

 そう語り、杉は65年に及ぶ社会福祉活動を振り返った。

「重度の障害を持つ人の施設を訪ねて、自ら選んだわけではなくそうした人生を送る人に“なぜ生きるか”“あなたの人生の目的は”と問いかけることができるのか。それは相手に問いかけるものではなく、自分の頭で考えるもの。目の前の人はどんなことで笑顔になるのかな、幸せを感じるのかな、嬉しいと感じるのはどんなことかなと、想像を巡らせる。要求されないならば、こちらが考えて差し出すのがしかるべき。そうした葛藤を絶えず抱えて活動してきたし、人間の本質はそうした行いに表れると考えている。

 戦争や貧困、災害など様々な理由で、世界にも日本にも、今この瞬間に悠々と生活できていない人はたくさんいます。恵まれた境遇にいると他人の不自由さがわからなくなるけれど、かといって、決して目を背けてはいけない問題です。自分のテーマとして考え続けてきたことも重なって、今回の親鸞聖人役はただアニメの出演依頼があって声で出演しました、とは到底考えられなかった」

 杉自身、オファーをきっかけに「なぜ生きるか」、あらためて自分に問いかけたという。

「自分は目的があって生きているのか。流されてはいないか。昨日と同じように生き、これから先も淡々と同じ日々を繰り返していくのだろうか――。

日常では生活に追われてあまり考えない自分の人生を、この機にじっくり見つめ直しました。慣れ親しんだ生活のリズムを外れていつもとは違ったステップを踏むと、目に映る世界が変わる。新たな気付きがある。なぜ生きるかと、立ち止まることができてよかった。老若男女誰しも、人生の道標となる言葉だと思います」

 今年で芸能生活60周年となるが、アフレコは初挑戦だったという。

「大昔の映画は音声を同時に録っていないものだから、自分が演じた口の動きにあわせて後から台詞を録音したことはあります。でもアニメーションで声の演技をする機会はなかった。80才になってなじみのなかった仕事がくるんだと不思議な気持ちもあったし、初めての経験に不安も少なからずあった。それでも挑戦したい気持ちが勝ってやってみたら、初めてでもどうにか形になった。何事も本人が“だめだ”と思った時点で、だめになるんだなと」

 年齢をいいわけにしてはいけないと、自戒を込めて語る。

「“杉さん、若いじゃないですか。まだやれるでしょう”とよく言われるんだけど、見た目だけなの。今日のアフレコでも目がかすんで台詞がよく読めなかったし、もう80才なんだもの。それなりにガタがきます。だけど今の時代、80才を歳だと考えてはいけないね。厚労省の健康行政に携わって65才以上のヒップホップダンスチームの全国普及に取り組んできて、7月には最高年齢の95才のダンサーにイベントで踊ってもらったばかり。その人たちを前に“80才になると、しんどいね”なんて弱音はとても吐けない。

 最近はね、息子の(山田)純大とトレーニングしているの。筋肉をつけなきゃだめだと言われて、コロナ禍で中断していたジム通いを再開した。1時間ほど、週に2回しぼられています。純大は、“吸う、吸う、吐いて、吐いて”とか呼吸まで管理してくる。こっちは息を吸っている時に吐いてと声をかけてきて、テンポが合わない。で、“はい、あと10回!”なんて言って、横で回数を勘定している。もううるさいって(笑い)。よたよた歩かないように足腰を鍛えようとやっているけれど、結構きついんだ」
 
 文句を言いながらも、どこか楽しそうな杉。

生活を変えることを厭わず、未知の経験でもしり込みをしない。今後の人生で挑戦したいことを問うと、「本業でやったことがないのはミュージカルくらいかな」と仕事と直結して答えるのが杉らしい。人生を捧げる社会福祉活動でも新たな挑戦ではなく、これまでの活動の延長線として、教育の拡充を掲げる。

「傍からしたら“そんなつまらないことで”という些細なことに日々悩んでいる人は、たくさんいる。そういう人たちの気持ちを楽にしてあげないといけないと思う。頼りになる人がそばにいなくて、行き場を失っている若い人が多いね。昔はお寺のお坊さんの説教をみんな進んで聴きにいったものだけど、今はそういう場もない。学校の先生も忙しくて余裕がない。心の拠り所が社会にないんだ。彼らが迷わないように、悩まないように、すくすく生きていけるように、若い人たちのためにも残りの人生で力を尽くしたい。

人生に悩んでいる人には親鸞聖人の教えにもぜひ触れてほしいと願います。この映画や原作には人間とは何か、気持ちを楽にして毎日暮らしていくにはどうすべきか、その答えが詰まっているから」

 傘寿を前にして、杉は「人のために行動できることが幸せだと感じている。自分の無力さに幾度打ちのめされても、自分を信じて立ち上がる」と語っていた。親鸞聖人の晩年を演じながら、自らも求道者としての人生を志し、歩み続けている。

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