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《デビュー35周年》今なお熱視線を集める漫画家・安野モヨコ 幅広い作品に共通して描かれる“女の生き様”とそれを支える“欲望”

NEWSポストセブン 2024年9月7日 11時15分

 見目麗しい男女はもちろん、年配の男女や悪人までリアルに描き「どんなキャラクターでも、絵にするときには愛情が必要」と語る、漫画家・安野モヨコ。彼女が描く、美しくて強く、時にもろくも恐ろしくもある女たちの物語が熱視線を集めている──。

《「甘やかしてくれる」女と浮気した男は 更に甘やかせば戻ってくる》
《人間年とったくらいじゃそう簡単に変わんないよね ホントは男のことなんて実際どうでもいいと思ってる》

 著名人の格言ではない。漫画家・安野モヨコが現在連載するマンガ『後ハッピーマニア』の作中に出てくるセリフだ。『リバーズ・エッジ』や『ヘルタースケルター』など、1980年代から1990年代にかけて衝撃的な作品を世に送り出し一世を風靡した漫画家・岡崎京子のアシスタントを務めた安野は、1995年に『ハッピー・マニア』(全11巻)で名を広く知られるようになる。衣食住よりも仕事よりも友情よりも恋に生き、愛を追い求める主人公・カヨコの“むき出しの欲望”は多くの女性の心を掴み、累計発行部数330万部を突破した。

 そんな安野モヨコの名作、『脂肪と言う名の服を着て』(1997年)、『カメレオン・アーミー』(1999年)、単行本未収録の『プレイボーイ団地』『観覧車』を加えた4編を掲載した『安野モヨコ選集』が8月29日に刊行され、話題を集めている。

 30年も前の作品であるにもかかわらず、いまなお初めて作品を読む10代、20代の心に刺さるばかりか、例えば冒頭の『後ハッピーマニア』は、恋や愛から“現役引退”し、熟年離婚すら視野に入れている50代、60代をも夢中にさせている。安野ワールドの魅力について、熱烈な安野ファンだという書評家の三宅香帆さんが言う。

「『後ハッピーマニア』を読んで、いま私には人生何回目かの安野モヨコブームが到来しています。いま、『どのマンガがおもしろい?』『どの漫画家さんがいい?』と聞かれたら、やっぱり安野さんじゃないかと真剣に思う。

『ハッピー・マニア』のカヨコにしても、45才になって刻まれた、リアルなしわや乾いた肌に生き様が見えてきます。キャラクターの解像度が高く、ファッションや歩き方、一挙手一投足まで人生の軌跡が読み取れるんです。それは安野さんが、キャラクターが使う化粧品や、着ている洋服のブランド、それをどこで買っているかまでイメージして描いているからだと感じます」

 大きな瞳にすらりと長い手足と曲線美。一目で「安野作品」とわかる特徴的で華やかな作画も大きな魅力。三宅さんが続ける。

「1998〜2003年にかけて美容雑誌で連載されていた『美人画報』も、いまでも何度も読み返しますがいつ読んでも夢中になってしまう。ダイエットやファッション、メイクについて描かれていたものなので情報そのものは昔のものなのですが、廃れないんです。

 それは、『美人画報』が単にブームやトレンドを取りあげているからではなくて、安野さんの持つ美意識が詰まっているから。キャラクターの解像度が高いことと通じるかもしれませんが、安野作品は表面的ではないリアルなキャラクターの生き様が描かれているんです」

 だからこそ、冒頭にあるように時代を超えてなお、描写やセリフが決して古くさくならない。それも安野作品に私たちが心惹かれてやまない大きな理由だといえるだろう。自身を「安野先生の作品で人生が変わった」と語るほどの安野ファンで、東北芸術工科大学准教授のトミヤマユキコさんが語る。

「安野先生の漫画は『ハッピー・マニア』のようなラブコメから、『働きマン』のようなお仕事ものまで幅広いジャンルがある。その中で共通しているのは、“女の生き様”と、それを支える『欲望』がしっかりと描かれていることです」

欲望に呑まれると女は破滅する

“究極のダイエットコミック”とも名高い『脂肪と言う名の服を着て』では、ふくよかな体形を気にする主人公・花沢のこがダイエットにのめり込み、やせることにとりつかれていく様子が生々しく描かれる。同僚や彼氏から容姿を揶揄されないよう始めたはずのダイエットに心を蝕まれ、何もかも失う結末は、決して読後感がいいとはいえない。

「“あと○kgやせたら好きな服が着られる”といった自分軸の欲望ではなく、《やせられれば全てが変わるはずなの やせさえすれば何もかもすっきりとウマくいくはず 美しくて楽しくて満ち足りた日々がやってくる》と、やせること自体が目的になり“やせてどうなりたいのか”という本音を見失った結果、自分の欲望をコントロールできなくなってしまった。欲望が持つ“影”の面からも目をそらしてはいけないんだ、と感じます」(トミヤマさん・以下同)

 心をえぐられるのは、無理なダイエットの結果が見え始めた「のこ」に周囲がかけた言葉だ。

《気持ち悪い》
《やせたからって何も変わんないのよ》
《あんたは醜いの》

 いつの時代も脈々と繰り広げられる女同士の嫉妬や差別、マウントの取り合いが端的かつリアルにあぶり出され慄くほど。やせることに執着する「のこ」も、常に自分が優位に立っていなければ気がすまない同僚も、己の欲求にからめとられて破滅していく様が強烈に、また容赦なく描かれている。

自分の居場所を手に入れたい

 美しくも恐ろしい女たちの欲望の形は、作品によってさまざま。『ハッピー・マニア』の主人公・カヨコが《彼氏ほしい!!》と恋愛に全力投球している一方で、『働きマン』の主人公・松方弘子は《あたしは仕事したなーって思って 死にたい》と、仕事に生きがいを求める。その根底にある「本音」は共通していると、トミヤマさんは読み解く。

「そうした欲望の根底には“自分の力で自分の居場所を手に入れたい”という本音があるのではないでしょうか。少女マンガ研究者の藤本由香里さんが『私の居場所はどこにあるの?』という本を書いていますが、安野作品の登場人物もやはり、“居場所”を探しているんです。作品のテーマやキャラクターによって、それを恋愛に求めるか、仕事に求めるかが異なる。そして“居場所が欲しい”という本音は、現実を生きるすべての女性にも共通しているでしょう」

 もう1つ、安野作品に通底するのは、大きな野望ではなく極めて即物的な欲求が描かれていることだ。高校生の頃から安野作品を愛読してきたという作家の鈴木涼美さんが分析する。

「“いまよりかわいくなりたい”“いい男とつきあいたい”といった、ゆるくて、どこか即物的な欲望がほとんどです。けれど、そんな取るに足らない、でも次々と湧き上がってくる小さな欲望こそが、私たち女性が日々を生き抜く糧であり、なくてはならないものなのだと再確認できる」(鈴木さん・以下同)

 その姿からは、“欲望がないと生きられない”という女の本質が浮かび上がってくる。

「立身出世に向かって努力すればお金も愛も手に入る男性とは違い、女性はややこしい。高学歴や高収入が必ずしもモテにつながらないどころか、モテの邪魔になることもあるし、かわいいだけではばかにされる。家庭を持つことができても、独身で自由に働いている女性がうらやましくなる日がある。どこを向いて努力すればいいかわからないからこそ、女はあらゆる種類の欲望を抱き続けるんです。

 恋やおしゃれを全力で楽しみたいけれど、それだけでは満たされない。仕事で成功したいけれど、やはりそれだけでは満たされない。安野先生はこの表裏一体の欲望を、絵と物語で見事に表現していると思います」

叶わなくても欲し続けていたい

 一方で「欲望を満たされたくないという欲望」も描かれている。何度恋愛で失敗しても懲りずに恋に夢中になる『ハッピー・マニア』のカヨコがそうだ。

「欲望を叶えることよりも、追いかけ続けることが生きる活力になるのです。そうした女性は、満たされた途端に燃え尽き症候群になってしまいます」(三宅さん)

 不幸になると知りながら突き進もうとしたり、反対に申し分のない相手のはずなのに「この人と結婚して本当に幸せになれるのかしら」と悩んだりする経験は、多くの女性は身に覚えがあるはずだ。

「人生のさまざまな局面での女としての不安や揺らぎ、そして欲望は、主人公たちと同世代が読めば共感し、年を重ねてから読めば“古傷”が痛気持ちよくうずく。その実感はリアルを超えてもはや生々しいほど。時代や地域、時には種族さえ違う登場人物たちと、感情が接続されるのです」(トミヤマさん)

 女に生まれた以上、何才になっても強く、「欲深い女」でいよう。それこそが“居場所”をつくるはずだ。

※女性セブン2024年9月19日号

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