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「2歳馬デビューのタイミング」を蛯名正義・調教師が解説 性格や癖、芝orダート、距離、仕上がり、相手、馬場…あらゆる要素を考慮して慎重に決断

NEWSポストセブン 2024年9月14日 11時15分

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、2歳馬のデビューについてお届けする。

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 2歳馬をいつどこで、どのようなレースでデビューさせるかは調教師としての重要なミッションです。かつては新馬戦に2回出ることもできましたが、今は1回きりで結果を問われます。「新馬勝ち」という肩書きはやはり輝かしいもので、エリートコースの第一歩。この時期芝の中距離戦でデビュー勝ちすると、一気に来春のクラシックへの期待が広がりますからね。馬主さんにしてみれば、わが子が初めての運動会に出るようなもの。期待と不安が入り混じったような表情でパドックを見守っておられます。

 今は2歳馬が北海道の牧場からいきなりトレセンに来るケースは稀で、美浦の場合はまず関東にある育成牧場、いわゆる外厩で入厩に向けての準備をします。僕も時間を見ては管理馬の様子を見に行きます。

 毎日乗り運動をしている中で、外厩の担当者から「仕上がりつつありますから、そろそろ入厩させてもいいのではないか」というような打診がある。厩舎の方で、続けてレースに使ってきたり、疲労が見られたりする馬を育成牧場に出し、空いた馬房に検疫をすませた2歳馬を入れます。

 環境に慣れて、ゲート試験に合格すれば、いよいよデビュー……といきたいところですが、やはりトレセンでの調教は、育成牧場にくらべれば質が違います。調教でもなかなかスピードが乗らなかったり、調教後の息遣いが荒かったりすることがある。坂路での動きにも余裕がなく、やっと上っているというような馬もいます。また疲れがたまってきたり、飼い食いが落ちて馬体が細くなってきたりすることもあります。こういった状況ではレースに行ってもいい結果が望めないことが多いので、もう一度育成牧場に戻して鍛え直してもらいます。

 これは決して育成牧場の見立てが甘かったというようなことだけではありません。育成牧場では元気いっぱいで、長い距離や坂路でいい時計を出していても、場所が変わって同じようなパフォーマンスができるかというとそうではないこともあるのです。

 人間でも小さな子供がお泊り保育で、ご飯が食べられなかったり、熱を出したりすることがあると思いますが、それと同じで環境が変わると、体調を崩すことがあるのではないかと思います。なんといってもまだ2歳、北海道から長い長い旅をして育成牧場に来て、次はトレセンに入って、というように環境の変化に慣れる必要があります。2歳馬にとっての試練のように思われるかもしれませんが、そうではなくて、このようにいろいろな状況に順応するということは、レースに向けてよい経験になるのです。

 最近では、とりあえずゲート試験まで合格させて、また育成場で鍛えてもらうというパターンが増えています。トレセンで馬をじっくり見た分、課題も分かってきますし、性格や癖、どのくらいの距離がいいか、芝かダートかといった適性なども把握しやすくなります。10月以降は3場開催になることも多く、デビュー日も、その後の仕上がり具合や相手関係、さらに馬場状態などを考えて検討することもできます。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年9月20・27日号

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