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【吉本新喜劇65周年】オール巨人が語る師匠・岡八郎「代表作コント『熱燗』を阪神君といつか一緒にやりたい」

NEWSポストセブン 2024年9月17日 7時15分

 現在、65周年を記念する全国ツアーを開催中の吉本新喜劇には、かつて黄金時代を築いた岡八郎というスターがいた。岡八郎の弟子であるオール巨人が、師匠・岡八郎と喜劇人たちの気概について語る。

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 昔の喜劇人たちは、ものすごくプライドを持っていたと思います。今の喜劇人が持ってないと言っているわけではないですよ。ただ、師匠たちには、役者や歌手より下だとかいう意識はまったくなかったと思うんです。

 僕は1974年、吉本新喜劇の岡八郎師匠(後に八朗)のもとに弟子入りしました。当時、岡八郎と花紀京と言えば、吉本の2大スターでした。僕は翌年にオール阪神・巨人としてデビューしたので、修業期間は実質的には9か月ほどでしたが、とても濃密な時間を過ごさせてもらいました。

 ある日、京都祇園のクラブで師匠と飲んでるとき、映画スターの勝新太郎さんが入ってきたことがあるんです。そうしたら「勝新太郎さんからです」といって高級ウイスキーのボトルがテーブルに届けられました。すると師匠は「ママ、悪いけど同じもの返しといて」って。しびれましたね。

 たとえば、今の吉本新喜劇の座長が京都で飲んでいて、渡辺謙さんからボトルをいただいたとしましょうよ。そうしたら、お礼を言いに行っちゃうと思うんですよ。僕でもそうします。だって「返しといて」って、ケンカを売りにいっているようなものでしょう? そんな義理はないと人の好意を突っぱねているわけですから。でも当時のスター芸人たちはそれくらいの気概がありました。

 八郎師匠は身なりもちゃんとしてはって。質のいいスーツを着て、いい革の靴を履いていました。腕時計もロレックスやったなぁ。金払いもよくてね。みんなを引き連れて飲みに行くと、僕が財布を預かるんです。いつも30万くらいは入っていたと思います。今の100万くらいの価値はあったと思いますよ。

 あと、内緒ですが、師匠には愛人がいたんです。彼女を自宅に連れて行き、奥さんにも紹介するんです。「俺が今、付きおうてる女や」と。奥さんもすごく出来た人で「面倒みたってください」って言うわけです。内心はどう思っていたかわかりませんよ。でも、芸人の妻はそういうものやと思っていて、僕も結婚するとき、嫁に「おれは浮気はすると思うで」と言ったんです。そのときは「わかりました」と認めてくれたんですけど、実際に結婚してからは、許されませんでしたね(泣)。

代表作「熱燗」

 今と昔の新喜劇を観ていて、いちばん違うなと思うのはアドリブに対する考え方です。昔は勝手に自分のギャグとかを入れたりしたら、むちゃくちゃ怒られたんですよ。「そんなこと台本に書いてないやろ!」って。

 今の新喜劇は割と全員に見せ場があるじゃないですか。それぞれのギャグがあって、それをやってもいい雰囲気がある。でも、昔は違いました。まずは誰よりも座長がウケなければならない。だから、座長だけはアドリブも許されたんです。八郎師匠もオナラをためといて、出て行ったときにプーッとやると、演者が全員笑う。そこでお約束の「くっさー」というセリフをはく。これは師匠の定番のギャグです。

 そういえば、花紀師匠はいわゆるギャグはなかった気がします。花紀師匠は「いきと間」の人でした。言葉の抑揚とか、言葉を発するタイミングで笑わせる。八郎師匠も花紀師匠も大看板だったので、2人が一緒の舞台に立つということはあまりなかったんです。でも特別興行のときなどに2人でコントなんかをすることがあって。代表作の1つに『熱燗』というネタがあるんです。花紀師匠が「熱いな。埋めて(酒を入れて)」と言って、ぐびりとやる。今度は「ぬるいわ」と言ってお湯を足す。それを延々と繰り返す。あのコント、阪神君といつか一緒にやりたいなと言ってるんですけど、難しいですよ。単純なだけに技術がいる。

芸人の宿命

 2人が輝いていたのは1980年代半ばくらいまででしたね。時代が変われば、必要とされる役者も変わる。芸人の宿命です。新喜劇もだんだんとお客さんが入らなくなってきて、1989年に会社が「新喜劇やめよッカナ?キャンペーン」というのをぶち上げたんです。一定期間にノルマとして設定された入場者数を集められなかったら、新喜劇はもうやめる、と。顔ぶれも刷新されて、そのときに八郎師匠も花紀師匠も新喜劇を去りました。結果的にキャンペーンは成功して、今やなんばグランド花月は連日、大入り満員の盛況が続いています。だから、今の新喜劇は正解なのだと思います。

 ただ、この前、新喜劇の役者と話していて、びっくりしたことがあったんです。今、まったく化粧をしないで舞台に出る人がおるらしいんです。漫才師なら、まだわかるんですけども。新喜劇はお芝居なんやから。他人を演じるわけでしょう? せめて化粧道具くらいは持っておいて欲しいな。

【プロフィール】
オール巨人(おーる・きょじん)/1951年、大阪府生まれ。1974年に入門した師匠・岡八郎を敬愛する。ちなみに阪神タイガースファンである。

【取材・文】
中村計(なかむら・けい)/1973年、千葉県生まれ。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材を行なう。近著に『落語の人、春風亭一之輔』と、共著『高校野球と人権』。

※週刊ポスト2024年9月20・27日号

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