Infoseek 楽天

【65周年を迎えた吉本新喜劇】すっちー&島田珠代が語る王道の源流と現在「変な動物園に来ちゃった感じで、変なものと遭遇して笑うのが新喜劇の強み」

NEWSポストセブン 2024年9月16日 7時15分

「邪魔すんで~」「邪魔すんねやったら帰って~」。今や関西人でなくても、聞き馴染みのあるフレーズだろう。吉本新喜劇が生み出した笑いは、65年の歴史で広く浸透してきた。愛される「王道」の源流と現在に、ノンフィクションライターの中村計氏が迫った。

 * * *

 ちゃんとやってないように見える。

「お前の番やぞ!」
「お前、セリフ忘れとるやろ!」
「台本にないこと言うな!」

 吉本新喜劇を観ていると、たびたびそんなシーンに出くわす。セリフを忘れたという体を装っている場合もあるが、本当に忘れてしまっていることも多々ある。ただし、この手のやりとりが展開されるときは決まって劇場は大爆笑に包まれる。

 座長のうちの1人で、今や吉本新喜劇のエースと言ってもいい存在のすっちーが話す。

「普通の芝居で『お前の番やぞ!』はダメなんですけど、新喜劇のお客さんの中では、それも許容範囲というか、そもそも完成品を求めてはいないと思うんです。そのかわり、笑かしてやというのはある。だから、セリフを忘れても、笑いに変えられればOKなんです。お客さんにセリフ間違えるなよとか堅苦しいことは言われないぶん、日本一『笑かしてくれよ』のハードルは高い舞台だと思いますよ」

 そう、ちゃんとやってないように見えて、実は、ちゃんとやっている。それが旗揚げから65年も続いている理由なのだ。すっちーが続ける。

「張り巡らされた伏線を最後の最後で回収しアッと言わせる、みたいな謳い文句でやってる団体ではないんで。ちゃんとやってるねんけど、あえてそこは何でもないように見せておいて、でも、見終わったときにお客さんの胸にストンと物語のようなものが落ちてくるというのが理想かな」

大量生産、大量消費

 吉本新喜劇は演劇界の常識からいくとあらゆる面で規格外である。

 なんばグランド花月と祇園花月の2つの劇場で365日、上演されている吉本新喜劇には現在4人の座長がいて、各座長は毎月2つの劇場で1週間ずつ公演を担当する。その際、劇場ごとに台本も、キャストも変える。

 つまり、毎月8本もの新作を生み出していることになる。また、7月から全国を回っている「65周年ツアー」のような特別公演の場合も新作をつくる。国内では類例のない「大量生産、大量消費」演劇なのだ。

ガチガチでもよくない

 そのため稽古時間は極限まで削らざるをえない。出演者が台本をもらえるのは、だいたい1週間前。合同稽古は初日の前日、深夜に3時間程度行なうだけだ。その数時間で本読み、立ち稽古、舞台上のリハーサルを一気にこなす。あとは当日、公演前にできる限り本読みをする程度だという。

 ただ、先日行なわれた東京での初日公演の際は、もっとアバウトだった。体当たり演技が売りの女優、島田珠代が振り返る。

「本番の2時間ぐらい前、まだ、みんなお弁当とか食べてたんですけど、誰かが『本読み、どうします?』って言ったら、楽屋の中で『もう、ええやろ』って話になって……。初日ですよ! エグくないですか?」

 横で聞いていた座長のすっちーは苦笑いを浮かべる。

「本音を言えば、やりたかったんですけど。ただ、言い訳じゃないですけど、ガチガチに作り込んでしまうのもよくないんですよ。そうすると、演者が遊びにくくなっちゃうんで」

アドリブをどう入れるか

 現在、吉本新喜劇は109人もの団員を抱えている。売れっ子はひっきりなしにキャスティングされるが、中には1年間、一度も声がかからない役者もいる。そんな若手にすっちーはこんな期待を寄せる。

「役をもらえたら一か八か、勝負したらいいんです。めちゃめちゃ勇気のいることやけど、こんなアドリブを入れたらおもろいかなと思ったらやってみる。スベったら怒られるけど、ウケたら勝ちなんやから。珠代姉さんなんて、まだ若手がアドリブを入れることに厳しかった時代に『いらんことすな!』って怒られて、すいませんって謝りながらも、次の日、またやってたんですから」

 珠代は、そうして現在の地位を築き上げたのだ。

「人と同じことやっててもお金にならないですから。この前、ネットで(若手コントユニットの)ダウ90000のコントを観てたら、ものすごい緻密なんですよ。ストーリーが。でも新喜劇は笑いの中にちょっとストーリーがあるみたいな感じかな。なので、お話がどう動くかというよりも、変な動物園に来ちゃったなくらいの感じでちょうどいい。わけわからんけど、変なものと遭遇して笑ってしまうという。それが新喜劇のいちばんの強みだと思うんです」

 確かに、変な動物園である。だが、おそらくは世界で唯一の、笑かしてくれる動物園でもある。

【プロフィール】
すっちー/1972年、大阪府生まれ。2007年に新喜劇に入団し、2014年に座長に就任。

島田珠代(しまだ・たまよ)/1970年、大阪府生まれ。1988年に入団後、1990年代初頭から現在まで第一線で活躍。

【取材・文】
中村計(なかむら・けい)/1973年、千葉県生まれ。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材を行なう。近著に『落語の人、春風亭一之輔』と、共著『高校野球と人権』

※週刊ポスト2024年9月20・27日号

この記事の関連ニュース