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【入手】ドラマ『地面師たち』で描かれた詐欺犯の実像「フィリピンパブで豪遊し海外逃亡」 公開されなかった“秘密文書”で消された文言は

NEWSポストセブン 2024年9月23日 15時59分

「マル秘」の印が押されている「調査報告書」と題された内部資料。この資料は7月25日から動画配信サイト「Netflix(ネットフリックス)」で配信がスタートし、大きな話題を呼んでいるドラマ『地面師たち』の“元ネタ”となった事件に関するものだ。劇中で被害に遭う住宅メーカー「石洋ハウス」のモデルとなったのは、大阪市に本社を置く大手住宅メーカー「積水ハウス」。

 同社が2017年に55億5000万円を地面師グループにだまし取られる被害に遭ったこの事件で、社内で行った内部調査の内容を詳述したのが、この「調査報告書」だ。世に出ることはなかった「秘密文書」とも言える報告書を通して、ドラマの元となった事件の真相を明らかにする。ジャーナリストの安藤海南男氏がドラマとの類似点に触れながら解き明かす。【前後編の後編。前編から読む】※一部、ドラマのネタバレを含みます

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 2017年4月20日。地面師グループと、「積水ハウス」の担当者らが社内の会議室に一同に会した運命の一日だ。

 この日は、「客つけ役」(ターゲットになる被害者を探す担当)のIのほか、土地所有者に偽装した「なりすまし役」のH。そして事件発覚後、フィリピンパブで豪遊する様子や、テレビカメラを前に堂々と海外逃亡を図る様子が放送され、事件に対する世間の耳目を集めたKも交渉の「前さばき役」として姿を見せるなど、地面師グループの面々が積水関係者の前に顔を揃えた。同社にとっては、地面師グループ側とのはじめての本格的な接触で、この日がまさに、社運を暗転させる分水嶺となった。

「ドラマでは、小池栄子さん扮する偽尼僧が、迫真の演技で『石洋ハウス』の面々を騙すシーンが描かれています。4月20日の『積水ハウス』と地面師グループの面談では、同じような緊張感のある会話がなされていたと推察されます」(元警視庁捜査2課担当記者)

 まんまと騙された積水側だが、その後も後戻りできるタイミングがなかったというわけではない。

 報告書によると、積水側は5月中に〈複数のリスク情報〉を得ていたという。ドラマでも同様に、被害企業の取引担当責任者を演じる山本耕史のもとに、取引を警告する匿名の手紙が届くシーンがある。報告書にはこうある。

〈「真の所有者は自分であり、売買予約をしたり、仮登記を行ったことはないので、仮登記の抹消を要求する」との内容証明郵便が複数届いた。また、I(文書では実名。以下同)との取引に問題があると主張するブロー力一的人物が数人現れ、東京支社、東京マンション事業部への訪問、社長宛書状、本社への電話等を行った〉

 しかし、これらの〈リスク情報〉は結果的に無視され、社内では〈取引を妨害したい者の嫌がらせ〉と受け止められた。これにより、積水側の取引への姿勢はより前のめりに。決裁の前倒しを地面師グループ側に持ち掛ける結果を招いたのはいかにも皮肉である。

「積水側が虚偽の不動産取引に巻き込まれたことをはっきりと覚知したのは、2017年6月9日。法務局から問題の不動産について『登記申請却下』の通知が届いたことで明らかになった。地面師グループと積水側との最初の接触から、わずか3カ月で55億5000万円をだまし取られる被害に遭ったことになる」(元2課担)

 詐欺だと知った瞬間の山本耕史の演技さながら、「積水ハウス」での担当者らの間で激震が走っただろう。

 国内でも有数の大手企業が巨額詐欺被害に遭うまでの一部始終を綴った報告書は、被害から約6カ月後にはまとめられ、取締役会に提出されていたのは前編で述べた通りである。

 ところが、報告書はその後も公開されることはなく、事件に関する一連の裁判終結後の2020年12月にリリースされた「総括検証報告書」として、一部を黒塗りにした上で公開された。

「事件後に起きたクーデター騒動が原因です。報告書の作成を主導したのは当時の取締役会長。取締役会では、この報告書をもとに、地面師詐欺被害で莫大な損失を出した社長の経営責任を問おうとした。社長の解任動議を可決させて社長に引導を渡そうとしたが、社長の反撃を喰らって逆に会長職を解任されてしまった。実権を握った社長はその後、会長に就任し、自らの失態が綴られた問題の報告書を黙殺してしまったわけです」(元2課担)

 ドラマでも描かれた社長と会長の派閥争い。詐欺事件後は多く描かれていなかったが、実際の事件では、社長が会長を追い出し、会長になっていたのだ。

 こうした暗闘の名残が報告書からうかがえるのだ。

 今回入手した報告書の素案には、積水側が、黒塗りにして公開した報告書にはない一節がある。〈本事件の責任〉として、現場から経営陣に至るまでの責任の所在を総括した章に〈業務執行責任者の責任〉の項目がある。当時の社長のことだ。

 公表された報告書には、〈本件取引の全体像を把握して、誤った執行にならないよう防ぐ責任は業務執行責任の最高位者にあり、最後の砦である。業務執行責任者として、取引の全体像を把握せず、重大なリスクを認識できなかったことは、経営上、重い責任がある〉とだけ綴られている。

 ところが、今回筆者が入手した「報告書」には〈最後の砦である〉との記述の後に、〈社長の本件との接点は以下の通りであるが、各タイミングでの適切な判断と対応が行われたのか〉との一文が続いている。

 そして、〈社長決裁直前の現場視察時に、物件は、荒廃したまま長期間放置された状態であった〉〈社長は、(中略)リスク情報は問題ないと判断して、決済の前倒しを了解している〉などと社長と取引との関わりと責任を5点に渡り、具体的に指摘しているのだ。

 その上で、〈業務執行責任者として、取引の全体像を把握せず、重大なリスクを認識できなかったことは、経営上、重い責任がある〉と断じている。なぜ、公表版の報告書からこれらの文章が削除されたのか。

「積水ハウス」の内部事情に詳しい同社関係者はこう声を潜める。

「社長に事件の累が及ばないように、というのが一番の理由でしょう。積水が報告書の原本をひた隠しにしてきたのは、社長の経営責任を明確に問う記述があったためだと考えていい。報告書そのものを葬り去ることはできないため、最も問題となる部分を削除した上で公開に踏み切ったというわけです」

 この報告書が公開された際に、当時の社長は、前会長を追い出し、自らが会長になっていたのだ。

 ドラマ『地面師たち』の世界的なヒットで再び注目を集めている「積水ハウス地面師詐欺事件」。事件を巡る「秘密文書」は、巨大企業が見舞われた詐欺事件の舞台裏で繰り広げられた暗闘の記録も記されていた。

(了。前編から読む)

◆取材・執筆/安藤海南男

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