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《入居一時金が億単位のことも》「超高級老人ホーム」に住むのは幸せなのか?「入居者主体の管理組合が入居希望者を選別」「ハリボテの高級感」…桃源郷とはほど遠い現実

NEWSポストセブン 2024年9月29日 7時15分

 3食完備のレストランから大浴場、遊技場に売店まで「至れり尽くせり」を売りにする超高級老人ホーム。だが、そこには桃源郷とはほど遠い現実があった。『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)の著者でノンフィクションライターの甚野博則氏が明かす。

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 入居一時金が数千万円から高いところでは4億~5億円。月々の支払いも50万円超というケースがザラにある超高級老人ホームは、往々にして一流ホテルと見紛う広々としたエントランスがあり、受付には24時間コンシェルジュが待機している。

 温泉を引いた大浴場、シアタールームやジムなどはもちろん、フレンチのフルコースが提供されるレストランや、有名店の職人が出張で寿司を握りに来る和食店が入っていることも珍しくない。海沿いの施設ともなれば、100平米超の部屋が全室オーシャンビューというケースもある。

 入居一時金が1億~4億円という都内のある高級施設では、これまで某大手化学メーカーの元社長、某鉄道会社取締役、元国立大学学長、有名声楽家など錚々たる地位と名誉を持つ人々が入居してきた。

 この施設のスタッフは、「入居希望者には資力はもちろん、『品格』が求められます」と語っていた。

 財力は当然、品格も備えているであろうセレブな入居者たちには、もうひとつ付け加えるべき特徴がある。それが「体力」だ。

 一般的な老人ホームは、在宅介護では対応できなくなった高齢者が家族の要望で“入居させられる”イメージだが、超高級施設は違う。入居者は自らの意思でその施設に入り、かつ元気だ。前述した都内施設では、入居者の平均年齢は85歳。大半が要介護認定を受けていない。キャリーケースを引いて海外旅行に飛び回る入居者もいる。

 ここに高級施設特有の厄介な問題が内包されている。

 東海地方のある施設では入居者たちが主体となった「管理組合」が組織されていた。メンバーには理事長、副理事長、監事などの肩書きが振られている。

 豪華なシャンデリアがぶら下がった応接室に集った管理組合のお歴々は、聞いてもないのに、「自分は○○企業の元取締役」「彼は霞が関の元官僚」など、過去の輝かしい経歴を披露してくる。

 施設にはいかに立派な経歴を持つ人が多いか、そこで理事会メンバーを務める自分たちはいかに優れているか、言葉の端々にマウント合戦で勝ち抜いた自画自賛が見え隠れしていた。

 取材中、設備面の細かい数字で気になることがあると、元理事長は携帯電話を取り出して、施設の責任者に「これ調べて」と指示を出す。どこかの取締役会に参加させられている気分だった。

 驚いたのは、この管理組合のメンバーが入居希望者の選別にまで関わっていることだった。

「住人にはマンションの運営に役立ってもらわなくちゃいけない」と元理事長。彼らが直接入居希望者を面談するのだ。

 希望者は健康であることが条件で、杖を突いていたらダメ。施設内にある螺旋階段を昇降できるか「運動テスト」まで実施していた。

 こうした入居者は、スタッフに対する要望も多い。別の施設のスタッフは、「以前は施設内の部屋に住み込みで働いていたのですが、休日や夜中でも構わず入居者が訪ねてくるので、近くにマンションを借りました」と嘆息していた。スタッフの怨嗟の声は様々な施設で聞いた。

こっそり鰻を中国産に

 セレブ入居者の横柄な対応に追われる施設スタッフは気の毒だ。相応の金を貰っているのであれば、ある程度は仕方ないとも思うが、高級施設のスタッフの給料を調べてみると、決して高給取りではない。

 先に触れた入居一時金1億超の都内施設では職員の給料は30万円台半ば。この給料で高級感を維持するために一流ホテル並みのホスピタリティを発揮しなければならない。

 確かに施設内は超ハイグレードな雰囲気で統一されている。関西地方のある施設ではゴーギャンやシャガールの絵画が廊下に飾られていた。施設の職員は「これ全部フェイクですよ」と話していたが……。

 要するに“ハリボテ”なのだ。入居者から見えない部分は手を抜きやすい。この関西地方の施設では、調理スタッフが嘆いていたという。「調理場には窓がなく、施設がオープンしたころはエアコンもなかった。湿気だらけで、食事に混ぜる『とろみ剤』のタッパーにはカビが生えていた」と。

 ある施設では、コスト削減のためレストランで出す鰻をこっそり中国産に変えたという元職員の証言もあった。入居者は誰も気付かず、その後、食堂の好きな品目についてアンケートを取ると鰻が1位になったと苦笑いで明かしてくれた。

 そうした不都合な事実を見つけられるのが怖いのだろう。取材後に原稿を確認させろと言ってくる施設が多かった。

 無論、事実確認のためであれば原稿の事前開示もやぶさかではないが、無理難題を押しつけてくるケースには辟易した。

 都内のある高級施設では、事前の原稿確認を求めてきたうえ、入居者の言葉として、「ここでの生活は快適です」「スタッフには奉仕の精神がありました」といった文言を入れろ、でないと掲載はさせないと要求してきた。こうなると脅しだ。もちろん施設側の要求は突っぱねた。

 一方で、これぞ超高級老人ホームの真骨頂だとも感じた。

 彼らは、これまで施設を褒め称える取材しか受けてきていない。先の関西地方の施設は、過去にテレビで何度も「庶民の羨望の的」として扱われてきた。メディアの“提灯記事”により、実態と乖離したイメージが一人歩きする結果になったと言える。

 看取りについても同様である。高級施設の多くは、「うちは看取りまでやっている」と謳う。しかし、鵜呑みにはできない。要介護が進むと最期は住み慣れた部屋から出され、看取り専用の別棟に移されるケースが散見されるからだ。

 先に述べた東海地方の高級施設では、死期が近づくと系列のケアホテルに転居するケースが目立つことを元理事長が明かしていた。「あっち行くと、すぐ死んじゃうんだよ」とボヤいていた。

 寝たきりになった入居者が「介護専用棟」に転居させられ、最期は病院に運ばれて死去する。こうした事例は各地の高級施設で多数聞いた。

 施設側の言う「最期」とは一体何なのか、考えさせられる出来事だった。

 取材の過程で数多の超高級老人ホームを見てきたが、そこに住む人々は本当に幸福なのだろうか。いまも答えは分からない。

 ただひとつ言えることは、仮にお金があったとしても、「私は入りたくない」ということだけだ。

【プロフィール】
甚野博則(じんの・ひろのり)/1973年生まれ。ノンフィクションライター。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などでルポルタージュを執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)がある。

※週刊ポスト2024年10月4日号

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