イヤミス(イヤな読後感を残すミステリー小説)を生み出す代表的な作家のひとりとして『殺人鬼フジコの衝動』や『5人のジュンコ』など数々のヒット作を世に送り出してきた真梨幸子さん。悠々自適なシングルライフを満喫してきたというが、あるきっかけから、自分の老後について考えるようになった。
「私は“完全無欠のおひとり様”で、自分の人生を邁進してきました。死ぬときも、むしろ孤独死のほうがいい。下手に発見されて、知らない人に身体を触られたりするくらいなら、いっそ腐敗して形を成さなくなってから見つかるほうがいいとまで思っていました。でも、猫といっしょに暮すようになってから、この子たちを放って死ぬわけにいかないなと考えるようになったんです」
そこで思い立ったのが市販の「エンディングノート」を使い、死後の準備をすることだった。しかしそこには苦い思い出があったという。
「母に『エンディングノート』を書いてもらおうとしたことがあったんです。市販のものを何種類も買い求め、書きやすそうなものを渡しました。でも、どの『エンディングノート』も、なぜか過去の思い出から書かせようとするんですよね(笑)。
母もおっくうになってしまったようで、結局書いたのは冒頭の1ページだけ。その後、亡くなったので必要な情報がまったくわからなくて、遺産整理がたいへんでした」
特に作家である真梨さんの場合、著作権や印税といった特殊かつ重要な資産があるが、こういったものがカバーされている「エンディングノート」は市販されていなかった。また、大切なペットに関する情報を記録するにしても、市販のものでは足りないことに気づいた。
「やっぱりプロにお任せするのが大事」
そこで真梨さんは弁護士会が主催する法律相談に駆け込み、弁護士に状況を訴え、法律的に有効な遺言書を作成することにしたという。
「やっぱりプロにお任せするのは大事だなと思いました。いつ意識が無くなったり、判断力を失ったりするときが来るかもしれない。それでも猫たちは大丈夫、という状況を事前に作っておけるのはかなり安心です」
さらに「エンディングノート」の作成にも着手した。前述の通り、市販のものでは真梨さんの必要な情報はカバーできない。そこで、いくつもの「エンディングノート」を参考にし、オリジナルの「終活ノート」を完成させたのである。
「自分に不要な項目は削除し、必要な項目は足して、みっちり1週間くらいかけて作成しました。たいへんでしたけど、もうこれでいつ死んでも怖くないぞ! という気持ちです(笑)。遺言書ともども、1年に1回、見直すことにしています。自分自身のライフプランの振り返りにもなるし、これはいいなと思っています」
また、真梨さんは「イヤな思い出」も「終活ノート」に吐き出すことを提唱している。
「人生、いい思い出もあればイヤな思い出もありますよね。後悔していることや、許せないできごと……そういったものも、時間をかけて言語化することで納得したり、乗り越えられたりします。それこそが、自分の人生と向き合い、良いものにしていくということではないかと思うんです」
十人十色、必要な「終活」は人によってまったく違う。まずそれを知ることが納得いく最期を迎える第一歩なのかもしれない。
こうした終活の経験を活かし、「オリジナル終活ノート」の一部も収録した小説『ウバステ』を上梓した真梨さんから、エッセイを寄せてもらった。
* * *
我が亡き後に洪水よ来たれ。
これを口癖にしていたのは、フランスの国王ルイ十五世。その愛人だったポンパドゥール夫人の言葉を、そのまま座右の銘にしてしまったようです。似たような言葉に「後は野となれ山となれ」というものもあります。どちらも、「後はどうなろうと知ったこっちゃない」というような意味合いです。私もどちらかというとそういう考えでした。なにしろ気楽なおひとり様。夫婦間のいざこざや嫁姑の確執、そして子育ての苦労など、さまざまな面倒を放棄して生きてきました。そんな私が、
「いやいや。私が亡き後、洪水が来たら困る!」
と思うようになったのは、猫と暮らすようになってから。この子をおいて死ぬわけにはいかない、死んだとしても、この子が路頭に迷うようなことだけはしたくない!
折りも折り、母が危篤状態になりました。蘇生が施されて一命は取り留めましたが。……病室に駆けつけると、水死体のようにパンパンに浮腫んで、管だらけで横たわっている母がいました。変わり果てた姿に、逃げ出したくなったほどです。それから数日後、母の意識は戻り会話もできるようになりました。せっかくの機会だからと「臨死体験とかした?」と訊くと、「うん、した」と。それはとても幸福感にあふれた素晴らしい時間だったとか。亡くなったはずの懐かしい面々が続々と集まり、自分をどこかに誘う。それに従おうとしたとき、胸に強烈な痛みが。そして、口の中になにか管を入れられて。母は言葉にならない叫びを繰り返したそうです。
「このままみんなと行かせて!」
でも、母は生き返ってしまいました。
「あのまま、みんなと行きたかったのに……。この状態で生きるのかと思うと地獄だよ」
母はしんみりと言いました。そして、
「次は、絶対に助けないでね」
その一週間後、母は二度目の危篤状態に。そして、亡くなりました。母の希望通り、延命はしませんでした。
死にそうな人を助けるのは正しいこととされていますが、それって本当かしら? 死んでいく人を引き止める行為こそ、エゴであり悪徳なんでは? 母の死は、私に、改めて善と悪の意味を突きつけたのでした。そして、幸せの意味も。もしかしたら、人にとって一番の幸せって、死ぬべきタイミングで一人ですぅぅっと死んでいくことなんでは?
孤独死。これも、世の中的には、よろしくないことになっています。でも、死んでいく人にしてみれば、下手に蘇生させられたり延命されたりすることなく逝けるのですから、案外、幸運なことなのかもしれません。だったら私も孤独死でいいかな。
いやいや。私には猫がいる。絶対に孤独死するわけにはいかない!
死ぬときは死ぬんだよ。諦めな。
だめだめ、猫が!
……そんな葛藤がずっと続いています。
そこではじめた、終活。まずは弁護士に相談し、遺言書を書きました。そして、終活ノートの作成。特に心を砕いたのは愛猫の譲渡先です。弁護士さんのアドバイスに従い、養育費も用意することしました。それでも不安で、ああして欲しいこうして欲しいを色々とまとめていると、
「後は野となれ山となれ……でいいんじゃない?」
と言うように、愛猫が足元をすりすりしてきます。
だから、そういうわけにはいかんのだよ。あなたのことが心配で心配で。
「ほんと、人間って面倒くさい」
ほんと、人間って面倒くさいね。でも、その面倒くさいところが、人間を人間たらしめているんじゃないかしら。その最たるものが、「小説」。
ならば、この葛藤を小説にしてみるか。
そして生まれたのが『ウバステ』という作品です。煩悩まみれの人間たちが死に方を模索する物語なんですが、これを書いていて、気がつきました。人って百パーセント死ぬんだなって。なにを当たり前なことを。そう、そんな当たり前なことにも目隠ししてしまうのが、人間なのです。