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《WBC戦略コーチが語る》昨今のプロ野球界における過度な「パワハラ認定」が選手の成長を阻害することになりかねない理由

NEWSポストセブン 2024年9月26日 17時15分

「はたして今の時代に照らし合わせた指導法で、チームを勝利に導くことができるのだろうか」──かつて、野村克也氏の率いるヤクルトスワローズの一軍で活躍。日本ハムファイターズ、阪神タイガースを渡り歩いてからの引退後は、コーチや監督として野球への情熱を注いできた橋上秀樹氏は、著書『だから、野球は難しい』(扶桑社新書)でこう問う。

 2013年開催の第3回WBCでは戦略コーチを務め、2021年からはオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブを監督として率いる橋上氏。その半生にも触れた同書には「野球の持つ魅力や奥深さ、難しさ」が凝縮されている。

 かねてより「4番こそがチームの最強打者」というイメージが一般的だが、橋上氏は「そんなことはないと思っている」と持論を展開する。

 理由はシンプルで、試合の展開によっては「4番打者がイニングの先頭を打つこと」があるからだ。一方で「8番打者が1アウト満塁の絶好のチャンスの場面で回ってくること」もあり、これをふまえると「誰をどういった並びにするのか」が重要だという。

 自身のチームに「相手投手と相性のいい打者」が4人いたらどうか。相手チームに打ち勝つならば4人を並べたくなるところだが、橋上氏はそれぞれの間に「相性の悪い打者を挟むこともアリなんじゃないか」と考察する。

 たとえば、展開によっては「相性のいい打者」が続けてチャンスメイクをしたとしても、得点に繋がらず「相性の悪い打者」が並ぶ打順となってダブルプレーなどで一気にチャンスを失うリスクもある。ならば、間にあえて「相性の悪い打者」を挟み、ランナーを走らせるための「送りバント」や「ヒットエンドラン」で「攻撃パターン」の広がりに期待するのは、いたって合理的というのが橋上氏の考えだ。

プロ野球選手の成長に必要な“厳しさ”

 とはいえ、いくらしっかりとした理論があったとしても、チームマネジメントが上手く機能していなければ勝てない。令和時代の指導者として橋上氏は、若手選手との接し方について「少しでも強い口調で注意しようものなら、『パワハラ認定』されてしまう」と嘆く。

 これはなにも、プロ野球界にかぎった話ではない。企業や学校など、一般社会でもよく聞く悩みでもある。ただ、現役で活躍できる期間が限られたプロ野球選手にとって、「ここで鍛えれば成長していく20歳前後」において、指導をする上である程度の厳しさが必要だという。

 また昨今、外の世界からも“パワハラ”と非難されやすい時代だ。しかし、選手が成長しようとする過程では、その声が「選手の成長を阻害することにさえなりかねない」と橋上氏は強調する。

 野球の技術には、最初に“理論”がある。しかし、技術を磨くプロセスにおいて理論だけでは解決できない問題にぶちあたる瞬間が訪れる。ひいては“限界”を突破するために、先が見えない状況で「どうやったら自分の体に技術をしみこませることができるか」と、がむしゃらに試行錯誤を重ねざるをえない状況もあるという。

 事情を知らない第三者は、その光景を見て「練習をやらせすぎだ」と非難するかもしれない。だが実際にこうした“厳しさ” を乗り越えて、自身の限界を突破した選手がいたと橋上氏は語る。元プロ野球選手で、現在は野球解説者の古田敦也氏だ。

 1990年に行われたヤクルトスワローズの秋季キャンプ中、橋上氏の隣で古田氏は、ティーバッティングに励んでいた。黙々とバットを振り、一球ごとに「首をかしげるしぐさ」や「うんうんとうなずいて納得した表情」を見せる。そばで見守る橋上氏は「何かを考えながら練習している」と察していたという。

 後日、試行錯誤を重ねていた古田氏は、ふと「あっ、つかんだ!」と喜んだことがあった。橋上氏が尋ねると、古田氏は「バットがスムーズに出てくる感覚をつかむことができたんだ」と答えたという。のちに、古田氏は大学・社会人経由でプロ入りした捕手として史上初の2000安打を達成するが、もし、周囲が勝手に“やりすぎ”と制止していたら、野球史に残る偉業も幻となっていたかもしれない。

 誰かの成功談が、すべての人にあてはまるとは限らない。しかし、人生のヒントになる普遍的な原則というものもまた、存在する。野球を愛し、プロ野球界を憂う橋上氏の実体験にもとづく教訓は、私たちの背中を押してくれるはずだ。

文・カネコシュウヘイ(フリーライター)

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