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稲田俊輔さん、エッセイ集『食いしん坊のお悩み相談』についてインタビュー「全力で質問に答えるというのは、全力で自分と向き合うことでもある」 

NEWSポストセブン 2024年10月1日 11時15分

【著者インタビュー】稲田俊輔さん/『食いしん坊のお悩み相談』/リトルモア/1760円 

【本の内容】 

《四六時中、食べ物のことばかり考えています》(「あとがき」より)という著者が、「から揚げはご飯に合う?」「ラーメンにナルトは要る?」「毎日の料理が想定内にしかならない」「自分の作るご飯が楽しめない」……など、食べ物に関する数々のお悩みに、真面目に、楽しんで、答えた一冊。たとえばこんな具合。カロリーを気にせず暴飲暴食したいというお悩みに、《甘いです。僕はむしろ常にカロリーを意識しています。カロリーをわかっていながらも暴飲暴食する行為こそが尊いのです(後略)》。クスッと笑えて、含蓄ある深い味わいがいつまでも後に残る。 

料理が楽しめないなら別にしなくたっていい 

 南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長にして飲食店プロデューサーの稲田俊輔さん。 

 文筆家としても大人気で新刊が続けて出るなか、回答者として異能と言っていいほどの才能を発揮する『食いしん坊のお悩み相談』について聞いてみた。 

 インターネットの「質問箱」「相談箱」で稲田さんのもとに集まってくる質問とそれに対する回答をまとめた本で、質問の多様さと面白さにまず驚く。 

「食べるという営みに対して真剣な人が自分の周りに集まってくるので、食に対する熱意の高さがそのまま質問に反映されています。ぼく自身も含めてみんな大真面目で、熱意がありすぎて時に極端だったり滑稽だったりして、傍から見ると珍妙に見える、というのが『お悩み相談』の肝かもしれません」 

 納豆は混ざっていない部分が残っている方がおいしいという主張に理解を求める人がいたり、「フードサイコパスの婚活」がいかに大変かを訴える人がいたりする。 

 個々の回答内容は本を読んでいただくとして、「お悩み」に答える稲田さんの向き合い方がまたすごい。決してバカにするとか軽くあしらうようなことはせず、「こう考えてみては?」という思いもよらないアイディアを提示していく。 

「質問に答えることの何が面白いかって言うと、自分がふだん無意識にやっている考え方の筋道みたいなものが、人に伝えるために言語化されることですね。自分にはそもそもこういう価値観があるからこれまでこうしてきたのか、みたいな、自分を再発見したりするのが面白い。全力で答えるというのは、全力で自分と向き合うことでもあります」 

 食に関しての熱意が高すぎると、ともすれば息苦しくなりそうなものだが、稲田さんと質問者とのやりとりにはそういうところがない。 

「たぶんいくつか理由があると思うんですけど、割と悲観的な方向に考えすぎる人が多いとぼくはつねに感じているんですね。たとえば家庭の主婦で毎日料理をすることをつらいノルマと感じる人がいます。料理は楽しいものだけど、もし自分が楽しめないなら別にしなくたっていいじゃないですか。いまはおいしいもの、身体にいいものがいろいろ売っているからそれを買ってくればいい。ちょっとでも楽しい、ラクになる方向に持っていきたい、ということを考えています」 

 こんなこと聞いたらバカにされるかな? というためらいが質問者の側にいっさいない(ように見える)。ちょっとジャンクな「絶対に怒られる蕎麦」が好きだと告白する質問者に対して、蕎麦の「様式美」の世界をわかりやすく解説しながら、稲田さんも「イナダ式納豆蕎麦」のつくり方を提案し、さらに面白さを重ねていく。 

「この本に限らず、ぼくが文章を書くモチベーションに『人を笑わせたい』っていうのがあります。クスッと笑うことこそ読書であるぐらいに思っているので、なるべくそういう方向に持っていこう持っていこうとしています」 

質問に回答する形式は自分にとって最もストレスがない 

「おいしさ=純粋美味+マズ味のバランス」という公式や、「苦手なものを食べるのは、時に、好きなものを食べるより結果的に楽しい」など、これまで言葉にされてこなかった感覚がみごとに言語化されていく。 

「みんなうっすら思っていても言語化されていないことを言葉にできたときはすごい快感があります。食べ物って、言葉にするとき、おいしいとかまずいの感覚的なもので止まっているところがあって、だからこそ雑誌や本でも写真とワンセットになっていたりします。文章の力だけでおいしさを表現しようとすると、どうしても今までされてこなかったことの言語化を、言葉の力を信じてやってみるしかないんですね」 

 X(旧Twitter)などのSNSが、言葉が生まれる場所になることも多いそう。 

「超短い日記であり、メモがわりです。そのへんの紙に書いたらなくしちゃうけど、SNSだと後から検索もできますし(笑い)。アイディアのひらめきを思いつくまま書いていると、あるとき断片がすっとつながる。他の人からの反応がヒントになることもあります」 

 回答の切り口が多彩で、「稲田さん原作のマンガが読みたい」「ドラマ脚本も書けそう」など、さまざまな方向に妄想が広がっていく。 

「書くことはぜんぜん苦にならないです。時には編集者をお待たせすることもあるので、あまり大きな口は叩けないんですけど。 

 ひとつ言えるのは、質問されて回答する、という形式って、世の中のありとあらゆる形式の中で自分にとって最もストレスなくスピーディーに書けるんだと思います。テーマは何でもいいから3000字のエッセイ書いてと言われたら半日とか1日かかるけど、質問回答の形式なら同じ分量を1時間で書ける、みたいな」 

 質問に答える形式は、じつは稲田さんの本業である飲食業の仕事に深く結びついているらしい。 

「ぼくの仕事は、何年かおきにいろんな店をつくっていくことなんですね。最初は店に自分がいて料理をつくるけど、ある期間が過ぎると残った人たちにすべて託して次に移っていく。必然的に自分の仕事というのは、いろんな店からの質問に答えることになります。このレシピはなぜこうなってるんですか、とか、ここはこう変えてもいいですか、とか」 

 一昔前の料理人なら、黙って言った通りやれと言うところだが、もうそんな時代じゃない、と稲田さん。 

「なぜそのレシピになっているか、みたいなことをきちんと全部、言葉で説明します。料理をつくるのと同じぐらい、かかわってくれる人に説明するのが重要な業務です。答えることで自分自身の考えが深まるというのを、料理の仕事で体験してきて、自分の天職は『質問回答業』なのではないかというぐらいに思っていたので、その延長にこの本はあると思います」 

【プロフィール】 

稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)/鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て、飲食店業界へ。様々なジャンルのメニュー監修や店舗プロデュースを手掛ける。2011年、南インド料理店「エリックサウス」を開店し、南インド料理ブームの火付け役に。新書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『料理人という仕事』、レシピ集『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』、小説集『キッチンが呼んでる!』、エッセイ集『異国の味』『現代調理道具論 おいしさ・美しさ・楽しさを最大化する』など多数。 

取材・構成/佐久間文子 

※女性セブン2024年10月10日号 

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