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【独占インタビュー】貴乃花光司氏が語る“横綱論”「大関と比べて求められる辛抱強さが20倍も30倍も違う」、そして“今の大の里に足りないもの”は何か

NEWSポストセブン 2024年10月1日 11時12分

 大相撲に“世代交代”の波が押し寄せている。秋場所で優勝した大の里が、新入幕から5場所で大関に昇進。次は横綱を目指す。一方、横綱不在の場所も多いなか大関を長く務めた貴景勝が引退を表明。新星が台頭し、愛弟子が現役を退く──“平成の大横綱”貴乃花光司氏は、そんな令和の大相撲をどう見ているのか。自身の「横綱論」を余すことなく語った。【全3回の第1回】

怖いもの知らずは続かない

 うん、うん、とうなずきながら、食い入るように映像を見つめるのは、第65代横綱・貴乃花光司氏(52)。画面に映るのは、秋場所12日目の大の里(24)と若隆景(29)の一番だ。

 大の里が鋭い出足で土俵際まで追い込むも、若隆景にもろ差しを許して反撃され、最後は土俵際で体を入れ替えられた。勝ちっぱなしだった大の里が黒星を喫した一番を見終えると、貴乃花氏は「そういうことですね」とうなずいてこう続けた。

「(敗れた一番だが)大の里のいいところは、とにかく前に出るんですよ。それも下から挟みつけるように。師匠から教わっているんでしょう。稀勢の里(元横綱、現・二所ノ関親方)のいちばんいい時の相撲がそうでしたから。師匠の教え通り、悪い体勢になっても相手を振り払おうと、勢いだけで前に出る。怖いもの知らずの相撲ですね」

 秋場所を13勝2敗で制し、大関昇進を決めた大の里。初土俵から所要9場所での昇進は昭和以降の最速記録となった。大の里をはじめとする若手の台頭で、令和の角界は確実に世代交代に動き出した。

 数々の名勝負で幕内最高優勝22回を誇り、空前の相撲ブームを生み出した“平成の大横綱”の目には、どう映るのか。これから大の里が目指す「横綱」にはどのような重みがあるのか。

「横綱というのは、儒教で言う五常(仁、義、礼、智、信)の精神であるとか、朱子学とか、そういった日本の神事の頂点にあたると言いますか……その地位は肩書きや職柄ではなく、一度なると細胞にまでその精神が組み込まれ、それを後世に残していかなければならない。そういうものが横綱なのかなと思いますね。

 大関と比べても、求められる辛抱強さが20倍も30倍も違う。大関まではイケイケの相撲が取れますが、横綱は“受けて立つ”かたちで相手十分で向かって来られても負けられない。そんな極意を追究しながら、勝率が8割ないと引退を考えないといけない。北の湖さんは“横綱は最低でも12勝すべき”との考えでしたが、まさに勝率8割です」

 そうした「横綱論」を持つ貴乃花氏に、今の大の里に“足りないもの”を聞くと、こう応じた。

「大学出身なので年齢はそこそこですが、土俵を見ていると“若い”というか、怖いもの知らずですね。立ち合いから勢いに任せて体で押していく。実際に勢いもある。

 ただ、相撲人生のなかでは、どんなに調子がよくても怖いもの知らずで取れるのは1場所か2場所。そんなもんなんですよ。出世が早い人ほどそういう相撲を取るが、これから怖さを覚えていく。今はその手前なんです」

 つまりは、今後に課題が残るとする見方だ。

「今、大の里と対戦する相手でガチッと胸を合わせて組む力士が幕内に少ないんです。四つ相撲で水入りになるような力士がいない。だから(大の里は)勢いに乗って台頭できる。それが食いつかれて一度止められると、あとは“稽古の虫”かどうかになります。今はそうなる前に決める勢いがあるし、(相手は)大学を出たばかりの力士に負けちゃいけないといった気持ちで腰が引けている。

 でも、必ず怖さを覚えていくことになる。プロ同士がぶつかり合えばそうなる。今は勢いで上がれるところまで上がるという段階ですね」

失われた「学生出身」への対抗心

 大の里は日体大出身で、3月の春場所で新入幕優勝した尊富士(25)も日大出身。中学卒業後に父である元大関・貴ノ花の藤島部屋に入門するというキャリアを持つ貴乃花氏は、「学生出身力士」の増加こそ角界の大きな変化だと見る。

「中学卒業と同時に入門して“叩き上げ”と呼ばれる修行心を持って土俵に上がり、血の滲むような努力で這い上がっていく子が少なくなっています。だから大学出の有名選手が、プロになってすぐ活躍する。

 昔はプロとアマの差がいちばん大きい競技は大相撲と言われていた。私が入門した頃は、学生相撲で20も30もタイトルを獲得して鳴り物入りでデビューしても、幕下下位で負け越してしまうような状況でした。中学を卒業して3年ぐらい稽古をした幕下の関取予備軍が、“学生出身力士に負けるは死ぬが如く”という感じで向かっていった。今はそういった叩き上げの力士が入って来ていないんだと思います」

 貴乃花氏自身、「学生出身力士には絶対に負けないという気持ちが強くありました」と振り返る。

 ただ、この流れは「仕方ないことじゃないかと思います」とも続けた。

「私が部屋をやっていた時も感じたことですが、いち相撲部屋ごときで勧誘をしても、親御さんは特待生で大学まで行くことを選びたい。中学や高校を卒業と同時にプロになり、ダメだった時に学歴がない道は、現代社会では選びにくいのです」

 大の里の所属する二所ノ関部屋は“週休2日制”で、筋トレ2日、土俵での稽古3日といった独自の内容で知られている。

「四股やテッポー、すり足などの基礎動作を徹底しているのではないか。それなら納得できます。ぶつかり稽古は衝撃で体が壊れますからね。学生出身力士ということで“15歳で入門した力士のように叩かれて揉まれてきた強さじゃない”という部分を師匠が感じているのでしょう。上手に育てているのではないか」

 大の里はこれからプロの厳しさに直面する。大関からさらに横綱に昇進するとなれば、「受けて立つ」ことも求められる。勢いで出る相撲を取る大の里も、そういう相撲を覚えていくのだろうか。

「自然とそうなっていきます。負けられない相撲になっていく。横綱になれば、勝って当たり前。負けてはいけない地位だし、勝ち方や負け方が問われる地位だとも教わりました。負けた翌日の勝ち方も求められる。そんな自分との戦いを克服しないといけない」

(第2回につづく)

聞き手:鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。ジャーナリスト。スポーツ、社会問題を中心に取材活動を重ね、野球界、角界の深奥に斬り込んだスクープで話題を集めた。近著に『審判はつらいよ』(小学館新書)。

※週刊ポスト2024年10月11日号

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