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兵庫・明石の「ジャイアント馬場さんの墓」が“マイラー”の新たな名所に きっかけは宮本武蔵没後380年の特番。住職は「馬場さんも喜ばれていると思います」

NEWSポストセブン 2024年10月1日 16時15分

 日本プロレス界の巨星・ジャイアント馬場さん。1999年に亡くなってから四半世紀が過ぎ、来年1月31日に27回忌を迎えるが、新潟県三条市生まれの馬場氏の墓が兵庫県明石市にあることは地元でもあまり知られていなかった。地元紙記者が言う。

「一部で注目を集めるようになったのは、在阪のテレビ局で今年が没後380年となる剣豪・宮本武蔵の作庭と伝えられる枯山水庭園のことを報じられたのがきっかけ。明石城築城にあたり、町割りに携わった武蔵が旧明石藩下のいくつかの寺院の作庭をしていた。その寺院のひとつにジャイアント馬場さんの墓があることが紹介されて注目されるようになったようです」

 馬場さんの墓があるのは日蓮宗法栄山・本松寺。JR明石駅から日本標準時となる東経135度子午線が通る天文科学館に向かって10分ほど歩くと、人丸山のふもとに本松寺の山門がある。

 山門を入ると、本堂との間に樹齢数百年の山桃の大木があり、本堂の境内にはいくつもの墓石が並ぶ。本堂の裏手に回ると墓石の前に黒御影石で作られた大きなリングシューズがあり、すぐにジャイアント馬場氏の墓だとわかった。

 墓石には「馬場家各霊位」とある。なぜ新潟県生まれの馬場さんの墓が兵庫県明石市にあるのか。釋孝修住職に聞くとこう話した。

「奥様の元子さんが明石市の出身で、当寺はご実家の菩提寺なんです。馬場さんが生前中にご夫婦でお見えになって、ご実家のお墓の横に墓石を建てたいということでした。それで生前中に建てられたのです。馬場さんが先に亡くなったのですが、元子さんの意思で2人で一緒にお墓に入りたいということだった。元子さんが亡くなる2018年までは馬場さんの遺骨はご自宅で保管され、その後にご遺族が一緒に納骨されたんです」

リングシューズが設置された理由

 元子さんと馬場さんの出会いはプロレスラーになる前、巨人軍の投手時代だったという。当時の巨人は明石でキャンプを行なっていた。

「元子さんのお父様は地元で有名な実業家で、巨人軍の選手を自宅に招いて食事会などを催していた。その時に元子さんと知り合って、交際が始まったといいます。馬場さんのために元子さんが特大のスリッパを準備したそうです」(地元商店主)

 当初、馬場さんの墓にリングシューズのモニュメントはなかったという。納骨後に設置されたのだと前出・釋住職が説明する。

「多くの方が墓参に来られるだろうから、一目で馬場さんの墓だとわかるようにしたほうがいいのでは……とご遺族に提案し、モニュメントが設置されました」

 各地で著名人の眠る場所を訪ね歩く“墓マイラー”は少なくないので、わかりやすいように設置されたという。プロレスファンの間では馬場さんの墓所の存在は知られており、全国から墓参があるという。プロレス関係者も少なくなく、6月には大仁田厚の姿も見られた。

「全国でプロレスの興行があるため、関西で開催される時に墓参されるようですね。先日もプロレス団体のマイクロバスが寺の前に止まっていました」(前出・釋住職)

 生前、馬場さんは元子さんの親戚を介して明石市のロータリークラブのイベントにも頻繁に参加し、阪神淡路大震災の慰霊碑の除幕式にも参列している。

「今年、テレビで取り上げられて以降は、宮本武蔵が作庭した枯山水の庭園を見学にいらっしゃった方が、一緒に馬場さんのお墓にお参りされることが多くなりました。馬場さんも喜ばれていると思います」(同前)

 馬場家の墓には、今も献花が絶えないという。

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