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【人物デザイナーが解説】大ヒット映画『翔んで埼玉』シリーズの「ド派手衣装」はいかにして誕生したのか

NEWSポストセブン 2024年10月5日 11時15分

 エミー賞を受賞した米ドラマ『SHOGUN 将軍』を例に挙げるまでもなく、映像作品においてその世界観を忠実に再現する衣装の存在は作品の評価を高めることにつながる。豪華絢爛な「ド派手」衣装が話題になった映画『翔んで埼玉』シリーズ(2019年、2023年)もその一つだ。同シリーズの衣装および人物造形には、「人物デザイナー」柘植伊佐夫氏の存在が不可欠だった。最新刊『ヒット映画の裏に職人あり!』が話題の時代劇・映画史研究家、春日太一氏が柘植氏に聞いた(以下、同書より抜粋・再構成)。

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 実写作品において、俳優が一人の登場人物としてカメラ前に立つまでには、顔はメイクアップ、頭髪はヘアメイク、衣装は服飾デザイナーと、それぞれ異なるスタッフたちの手を経なければならない。ただ、近年はそれを統括する立場で「人物デザイナー」というスタッフがクレジットされることも見られるようになってきた。その第一人者が、柘植伊佐夫氏。『龍馬伝』(二〇一〇年)、『平清盛』(二〇一二年)、『どうする家康』(二〇二三年)といった大河ドラマから、『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(二〇二三年)、『翔んで埼玉』シリーズ(二〇一九年〜)といった漫画原作映画まで幅広く手掛ける柘植氏に、「人物デザイナー」の仕事の全貌をうかがった。

──まず、人物デザイナーとはどのようなお仕事なのでしょうか。

「人物デザイン」って、聞きなれない言葉ですよね。これ自体が言葉として表に出てきたのは、二〇一〇年の大河ドラマ『龍馬伝』の時です。その時に「人物デザイン監修」、要するに、登場してくる役柄のすべての扮装……衣装から化粧からヘアから、その人物の持ち道具だとか……それらをデザインし、統括する役割になりました。そして撮影期間もマネジメントしていくところまで担います。あと、それぞれの部門を誰が担当するのかの編成も決めます。要は扮装に関する統括です。

──そこまで全体的に統括されているのですね。撮影期間もというのは、具体的にどのようなことを?

 撮影が始まって、それが滞りなく進行しているのかを見ます。長い期間になると、当初の設計とずれていくことは往々にしてあるので。それを管理していく役割です。建築と同じです。

──建築の役割でいうところの施工管理、昔の言い方だと現場監督的な役割もされているわけですね。一つの「人物デザイン」が建築物だとすると、その設計から施工管理まで務めている、と。

 構造としては同じだと思います。要は工房的なやり方なのです。現代アートの工房システムみたいなものです。たとえばコスチュームデザイナーだったら、服飾のみのデザインですよね。でも、人物デザインだと全体になる。そういう意味では、アニメーションのキャラクターデザインのほうに近いのかもしれないです。

──アニメーションのキャラクターデザインは、そのキャラクターの造形から衣装や髪型や小道具まで創作するパートですから、たしかにそうかもしれません。

 ただ、アニメーションのキャラクターデザインだと、二次元の状態で止まっています。でもこちらは、そこから具体的な制作に携わっていく。つまり三次元化させていくのが本分なのです。それに加えて撮影期間を滞りなく進行するよう管理もしています。

──アニメーションのキャラクターデザインは、デザイン画を描けば、あとはアニメーターたちがそれを動画にしていくわけですが、実写だとそのデザインした衣装を作らなければならないし、俳優に合わせてメイクやヘアメイクをしなければなりませんし、さらにそれを撮影現場の事情に合わせて調整する必要もあります。そう考えると、似て非なるところがありますね。

 そうですね。そこからがこちらは本分とも言えますから。

『どうする家康』だったら「人間家康」

──人物をデザインするといっても、独断ではできませんよね。監督やプロデューサーとは、どのように考えを擦り合わせていますか?

 そもそもお話をいただくのが監督かプロデューサー、あるいは主役からなんですよね。それで、たいていは原作がありますし、原作がない場合でも脚本の原案はあります。

 それでオファーが来て、「かくかくしかじかな、この方向の作品なんだ」というお話をいただいて「ああ、なるほど」ということになり、進めていきます。

──その段階では、監督やプロデューサーとはどのようなことを確認していますか?

 どういう方向性の作品にしたいのかということですね。現実社会に対して、どのような提示をする作品にしたいのかがとても大切なので、そのメタ構造(現実社会を意識した物語の構成)を理解しないと。それを作品世界の中に縮図として成立させるのが自分の方法です。作品世界をその世界性だけで成立させる方もいらっしゃるかと思うんですけれども、僕はあまりそちらのほうじゃなくて、現実社会とリンクするメタ構造にしていく。そうしたコンセプチュアルな方向性を、第一弾の話し合いの中で感じるようにしています。最初の話し合いの中で「こういう感覚のことだな」ということを、ふわっとした空気感として得る。そして、プロットや箱書きのような状態のもの、あるいは、脚本の第一稿の段階になったところで、コンセプチュアルなワードを自分の中に決めていきます。

 たとえば、『どうする家康』だったら「人間家康」という言葉を自分で決めていました。『龍馬伝』であれば「すぐ隣にいる人」というのがドラマ全体のコンセプトワードだったんですけど、そこに至るまでに「本当にいる人」という言葉を、まず出させていただきました。それで、大友啓史監督とお話ししながら固まっていったんですね。

──まずは言葉から入る、と。

 言葉にしていくのはとても重要です。しかも、それは長い言葉ではなくて、ワンワードに近い、どんな方も覚えやすいような言葉にする。AIに対するプロトコルを決めるような感じですね。

──具体的なデザインの着想はどのように始めていますか?

 言葉が決まると同時ですね。そこからは直感的に描いていて、最初は白本みたいな第一稿の状態の脚本に落書きしていきます。「こんな感じかな」なんて描いていって。だから、最初はフワフワしてるんですよ。フワフワをだんだんかたちに固めていくという感じです。それが何となく「描けるな」という段階になったら、まずはざっくりした感じで描いていきます。ざっくりした感じで描いていって、それがそのままするっと通っちゃう場合もあるんですよね。

──ざっくりした感じでもOKになるんですね。

 監督から「この感じでいこう」という許可が出るのは、画力ではなくアイデアの話なので。「このアイデアでいこう」というお互いの承認ができれば、そのデザインはそこで終わりということです。それこそアニメのキャラクターデザイナーのように、画力を求められる立場ではないので。

──アニメだとそのデザイン画がそのまま動画の土台になるので相応の画力が求められますが、実写の場合はそこから実際の衣装にしなければならないので、この段階ではアイデアの内容さえ確認できればいいわけですね。

 このアイデアのこの考え方、この雰囲気。そういったことのコンセンサスをお互いにとれることが、僕のデザイン画の意味です。

──監督との間でアイデアの方向性に齟齬が生じた場合は、どうされますか?

 これまでそういうことはないんですよね。やはり最初の話し合いで、メタ構想やコンセプチュアルなものに共通認識を持つことがとても大切ですね。

──最初の段階で意識が一致しているから、互いの狙いにズレが生じにくいわけですね。

 そうです。最初のコンセンサスがとれていたら、何も問題は生じないです。

───人物デザインを考えられている段階で、キャスティングが決まっている時と決まっていない時で、手順に違いはありますか

 キャスティングが決まっていても、その俳優さんのイメージを最初は取っ払っていますね。「その役者だからこの感じ」のように考える時もありますけれども、自分は作家性の強い原作が多いので……。

──原作がある場合は、そのイメージも重要になってきますからね。

 原作のファンの方がまずあるからこそ、その作品の実写化が成立する、という関係だと思います。ですから、役者がAさんになるか、Bさんになるかということよりは、その原作のイメージを踏襲するタイプだと思います。ただ、そこには塩加減みたいなものがあるので。最初はこう思っていたけれども、この人が配役されたことによって、少し塩梅をこのぐらいにしよう……みたいなことはあります。けれど、原則的なものが変わることはあまりないですね。

※各作品の具体的な創作エピソードは書籍をご覧ください。

【プロフィール】春日太一(かすが・たいち)/1977年生まれ、東京都出身。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず!完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『役者は一日にしてならず』『すべての道は役者に通ず』(小学館)、『時代劇入門』(角川新書)、『日本の戦争映画』(文春新書)ほか。『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)にて、第55回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

 柘植伊佐夫氏をはじめ12人の“職人”にインタビューした最新刊『ヒット映画の裏に職人あり!』の発売を記念して、同書に登場する田中光法氏(馬術指導)と中川邦四朗氏(殺陣指導)の配信対談イベントを開催。
詳細はhttps://sho-cul.com/courses/detail/472

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