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《約1000人が笑いの渦に》北野武監督「テスト形式の作品」がベネチアの地で大絶賛

NEWSポストセブン 2024年10月6日 16時15分

 北野武監督の映画熱が燃えあがっている。見る者の意表を突く斬新な新作を引っ提げ、世界三大映画祭のベネチア国際映画祭(8月28日から9月7日)に戻ってきたのだ。映画『Broken Rage』はAmazon MGMスタジオ製作で、アウト・オブ・コンペティション部門(特別招待作品))に選出された。日本映画としては、同映画祭では史上初めてとなる配信動画作品のエントリーとなった。

 昨年、北野監督はカンヌ国際映画祭で『首』を発表した。それから間を置いていないだけに、今年7月のベネチアの映画祭記者会見で『Broken Rage』が公式招待作品として発表されたのは、多くの人にとってサプライズだった。

 ただ、ベネチア国際映画祭は過去に『HANA-BI』(1997年)に最高賞の金獅子賞、『座頭市』(2003年)に監督賞に当たる銀獅子賞を授与しており、近年は動画配信サービスの作品も積極的に紹介しているため、“KITANO”の配信作品に目をつけたのもごく自然な流れだったのかもしれない。

 今年はクラシック部門で大島渚監督の4K修復版『東京戦争戦後秘話』(1970年)、オリゾンティ部門に坂本龍一氏の息子である空音央監督の長編劇映画デビュー作『HAPPYEND』の上映もされた。奇しくもビートたけしが出演した大島監督作で、坂本氏が音楽を担当しつつ出演もした『戦場のメリークリスマス』(1983年)の同窓会のような年になった。時代を超え、映画史が形を変えながら引き継がれていくのを感じた。

『Broken Rage』の公式上映は9月6日17時から始まった。会場のサラ・グランデ前では、北野監督とともに出演者の浅野忠信、大森南朋らがレッドカーペッドを歩いた。青いスーツで現れた北野監督は、歓声を上げるファンの方へ歩み寄り、サインをするなどファンサービスに余念がない。浅野と大森はそんな北野監督に花道を託すように、一歩引いて後方から見守っていた。

 その後、万雷の拍手に包まれた北野組は会場に入場。上映直前には主催側からの粋な計らいもあった。場内アナウンスで、北野監督は“BEAT TAKESHI”、と、“TAKESHI KITANO”の2つの名前で紹介されたのだ。その度に立ち上がっては、周囲に挨拶。照れたように頭を抑え、観衆の声援に応えていた。数席後ろには、《映画の神様 北野武》と書かれたお揃いのTシャツを着て拍手を送るイタリア人ファンの姿もあった。

“芸人・ビートたけし”の姿を、異国の映画ファンは丸ごと受け入れた

『Broken Rage』は北野監督が得意とする裏社会のクライムアクション。2部構成ながら62分の短尺である。北野監督は主演もしており彼が演じる一匹狼の殺し屋「ネズミ」が、浅野と大森が扮する刑事の手先となり、ヤクザのおとり捜査に加わる物語だ。前半は一般的なドラマに近いが、後半は同じ話をコメディ調で語り直すという“二段構え”。「暴力映画における笑い」をテーマに作られた遊び心満載の実験的な異色作だ。

 ぶつかったり転んだり────チャールズ・チャップリンを思わせるコミカルな動きの数々に、観客は大喜び。欧州では“巨匠”のイメージが強い北野監督だが、日本人の私たちがよく知る “芸人・ビートたけし”の姿を、異国の映画ファンも丸ごと受け入れ、積極的に楽しんでいた。また、作中ではインターネット上の書き込み画面を模して、自身の映画にツッコミを入れるというメタ的な幕間風シーンも挿入。ウィットに富んだ笑いに対しても好反応だった。だが唯一、「コマネチ」のギャグのシーンだけは観客もポカンとしていた。とにかく約1000人で満員となった会場は、終始大きな笑いの渦に包まれたのだ。大勢の人と一緒に映画館で映画を見ることの喜びを再確認できたぶん、これが個々で見る「配信作品」というのが残念に思えたほどだ。

 上映翌日には記者会見が行われた。開始早々、北野がAmazonとNetflixを取り違えるボケをかまし、慌てた浅野がすかさず「Amazonです」と口添えする一幕も。そして北野監督は、制作のいきさつについて口を開いた。

「Amazonから映画をやらないかって頼まれて、気楽に撮って。テレビの画面で流す映画で、やりたいことがあったので、テスト形式のような気持ちだった。まさか映画祭に来るとは夢にも思ってなくて、これは失敗したな、と。もうちょっと真剣にやるべきだったな」

「監督」から「俳優」への激励の言葉もあった。

「この2人(浅野、大森)は、俺が将来期待している人たち。いずれは日本の映画界を引っ張っていく役者さんだと思っていますので、皆さんも心に留めておいて」

 そう紹介すると報道陣からは拍手があがり、北野監督の隣に座る大森は思わずガッツポーズを決めていた。また、浅野はエミー賞にノミネートされた話題の出演作『SHOGUN 将軍』について聞かれた。

「ノミネートは本当に嬉しい。やっぱりたけしさんとの出会いが僕には本当に大きかったですね。仕事の取り組み方が変わった。常にチャレンジする姿勢も含め、俳優の経験として活かされた」

 終始、監督と俳優との良き関係性が伝わってくるような会見だった。そして会見終了が告げられると、世界中のジャーナリストたちは弾かれたように北野に一直線に走り寄り、仕事を忘れサインを求めていた。

《間違いなく今年のベネチアで最も楽しい上映だ》

 さて、気になる作品の評価だが、北野監督が会見で「結構な失敗作」などと話したのに対し、総じて高かった。

《62分に及ぶ『Broken Rage』は単なる娯楽ではなく、陽気な自画像である。つまり、自分が習得したメディアとの関係を再考し、その過程で明らかに素晴らしい時間を過ごしているアーティストの姿である》(米TheFilmStage)

《『Broken Rage』のジョークは馬鹿げたものからメタ的なもの、そしてその間のすべてだ。見るのが絶対的に楽しく、間違いなく今年のベネチアで最も楽しい上映だ》(カナダ Screen Rant)

 上映会場には、熱心に声援を送る北野ファンたちもいた。ベネチア国際映画祭には、20年以上に渡ってイタリア全土から集まって応援を送り続ける『北野武 サッサリ・ベネチア ファンクラブ』が存在する。その主要メンバーのシモーネさんに『Broken Rage』の感想を聞いた。

「北野監督の多彩な魂がスクリーンに共存する見事な作品です。巨匠を知らない人でも楽しめる、不遜でファニーな映画です。この先も、アナーキーな創造性で、私たちを驚かせてくれるような映画を作り続けてほしいです!」

 そんなファンに支えられ、北野監督はまた驚きの作品を携え、近い将来この場所に戻ってくることだろう。

『Broken Rage』は Prime Video にて2025 年に世界配信予定。

取材・文/林瑞絵(はやし・みずえ)
在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く」(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て」(ともに花伝社)がある。

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