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哲学研究者・永井玲衣さん、最新エッセイ集を語る「哲学とは『よく見ること』。常に同時代の中で見えてくるものに呼応するように書きたいし、書かざるを得ない」

NEWSポストセブン 2024年10月7日 16時15分

【著者インタビュー】永井玲衣さん/『世界の適切な保存』/講談社/1870円

【本の内容】
「哲学対話」という場で、人々の問いと言葉に耳を傾けてきた著者。本書は、そんな著者が世界と向き合い、もがく日々をつづった一冊だ。《どんなに記憶しようとしても、わたしたちのよくわからない何かは、適切に保存することはできない。だからわたしは、思い出せないということを書く。何かが失われたということを書く。適切に保存ができないということを、くり返し、くり返し、書く》──(本文より)。世界から目をそらさず、真摯に向き合い続ける著者が紡ぐ哲学エッセイ。

 世界を適切に保存したいというつよい思いが永井さんにはある。その思いは、世界は保存されないもの、失われていくものに満ちているという感情とともにある。

「『水中の哲学者たち』という本が出る前に誰も見ていないブログを書いていまして、『世界を適切に保存する』というのはその中でも用いていた表現です」

 ひとつの言葉が別の言葉の記憶を引き出し、新たな意味が立ち上がる。世界の見え方がみるみる変わるような瞬間が、本にはいくつも書き留められている。

 前の本はブログ連載だったが、今回の本は文芸誌『群像』に連載されたもので、「書けない」と題した章もあり、毎月、締切にあわせて書くことのたいへんさをしのばせる。

「そうですね。ガザのこと(虐殺)があったときは書けなくなって、連載が1回中断しています。私は体系立てて書くことができないんですね。原稿を書き始めるときは何も決まっていなくて、適切に保存したい瞬間だったり、誰かの言葉だったり、いくつかの断片が小石のようにあって、書いているうちにつながっていくような書き方をしています。自分が十数年続けている『哲学対話』の活動は、他者との予期しないかかわりの中で言葉を見つけたりするんですが、書くという行為もきわめてそれと近いです」

 身近な話題や、友だちとの何気ない会話などから、回を追うごとに、どんどん深いところへと掘り下げられていく印象がある。震災や戦争など、いまの私たちを取り巻く社会的な問題も多く取り上げている。

「哲学というのは『よく見ること』だと私は思っていて、常に同時代の中で見えてくるものに呼応するように書きたいし、書かざるを得ないです。だから『ここでそろそろ戦争の話を書いておこう』とかいうことではなく、自分自身にとってアクチュアルなものが前に出てきてしまうところはあります」

哲学の言葉以上に、詩と文学に育てられた

 それぞれの章に、寺山修司や穂村弘、東直子、岡野大嗣といった人たちの短歌や詩の言葉が引用されているのも印象的である。

「書きながら気づいたことですけど、自分は哲学の言葉以上に詩と文学に育てられたという意識が強いんです。『世界の適切な保存』の最も巧みな保存者のひとりとして、詩人の言葉は必然的に出てきましたね。ルールとして毎回入れよう、とかじゃなく、これも自然に入ってきちゃった感じです」

 10代のときからずっと、気になった言葉を書き留めることを続けてきたそうだ。

「『写経』って勝手に呼んでるんですけど、これはというものをひたすら書き写しているノートがあります。手書きもしていますし、いまはパソコンのエバーノート(アプリ)にも入れています。エバーノートは検索機能があるのですごく便利です。つらつら見ながら、いつか書きたいといつも思っているので、自然にすっと言葉が出てきますね」

 短歌や詩の言葉に思いがけない角度から光が当てられると、言葉が現実とつながり、新たな扉がとつぜん開くような読書体験ができる。

誰もが考え、誰もが問いを持っている

 永井さんがずっと続けているという「哲学対話」についても聞いてみたい。問いを出し対話を重ねて考えを深める営みで、小学校で子どもを相手にすることもあれば、企業に招かれて話すこともある。

 日本の企業が哲学者を招いて対話する時間をもうけていること自体が意外だった。

「『誰もが考え、誰もが問いを持っている』と私は思っていて、哲学をできる人とできない人がいるわけではない。それなのに自分が考えていることは話しても仕方ないとか面白くないと、なぜ思わせられているんだろう。そのことをずっと問題意識として持っていて、もっと話せる場を作らないといけないと、活動の軸として続けてきたのが『哲学対話』です。

 もちろん、『Googleが哲学者を雇っているらしいから』みたいな、バリバリ、ビジネスの文脈で呼ばれて、お互い『なんか違いますね』ってなったこともあります(笑い)。出会い損ねる経験は偶然性が面白いので、そういうのはまたすぐ書いちゃいますけど」

 哲学は「よく聞く」ことでもあるという。「哲学対話」を2時間やるとしたら、永井さんは、その場に来た人がどんなことを不思議だと考え、モヤモヤしているかを聞き取る「問い出し」に1時間かけるそうだ。

「十数年、『哲学対話』の活動をしていて、『問い』がぜんぜんかぶらないんですよ! これって驚異的だと私は思うんですけど、すごいことですよね」

 面白かった問いのひとつとして永井さんが例に挙げたのが、「なぜいい日記を書きたいと思ってしまうのか」だった。毎日、日記をつけている人から出た問いで、誰にも見せない自分だけの記録のはずなのに、いい日記を書きたいと思ってしまうのはなぜなのか、モヤモヤしてしまうという。

「いい日記って何だろうとか、日記に嘘を書いてもいいんですかとか、どんどん話が広がって。みんなで1回潜って世界をよく見ようとすると、世界は急に面白い形に見えてきたりするんです」

 働く場所での「哲学対話」だと、ふだんまじめな部長が急に変なことを言い出して、「部長、そんなこと考えてたんですか」とみんなが笑い出すようなこともあり、のびのびしたそういう時間が永井さんはとても好きなのだそうだ。

「はらう」という章は、1991年生まれの4人と、同じ年に生まれた永井さんとの東日本大震災をめぐる対話の記録である。

「最初は断片的に言葉が落ちている感じなのが、対話の中で言葉が生まれていった。対話するように書ける、というのは大きな発見で、自分は対話の中で言葉を見つけていくように書きたかったんだ、と改めて思いました」

【プロフィール】
永井玲衣(ながい・れい)/1991年東京都生まれ。哲学研究と並行して、日本各地の学校、企業、美術館、自治体などで、人々が考え合う場である「哲学対話」を10年以上にわたり開催している。今年2月に第17回「わたくし、つまりNobody賞」を受賞。戦争について表現を通し対話する、写真家・八木咲との「せんそうってプロジェクト」、後藤正文らを中心とするムーブメント「D2021」などでも活動。本作は『水中の哲学者たち』に続く2作目のエッセイ集。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年10月17日号

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