テレビでは、「嘘」は「やらせ」として明確に禁忌とされてきた。しかし昨今、意図的に「嘘」を前提にしながら事実であるかのように見せる「フェイクドキュメンタリー」という手法の番組が大きな支持を集めている。“テレビっ子”ライターで『フェイクドキュメンタリーの時代』(小学館新書)を上梓した、てれびのスキマ(戸部田誠)氏が現象をレポートする。
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フェイクドキュメンタリーとは狭義では、ドキュメンタリーの手法で描いたフィクションだ。その表現が拡大し、テレビや映画などの映像メディアはもちろん、活字メディアやゲーム、イベントに至るまで多種多様な作品がつくられ、今や「一大フェイクドキュメンタリーの時代」と言っても過言ではない。
そんな日本のフェイクドキュメンタリーの源流のひとつだといえるのは、1970~1980年代に『水曜スペシャル』(テレビ朝日系)で放送された「川口浩探検隊」シリーズだろう。ジャングルなどの秘境で、猛獣やUMAを探索するというドキュメンタリー。どんな奇想天外なものを見せてくれるんだとワクワクしつつ、デタラメな部分にツッコみながら見ていた人も多かったが、やがて、そのデタラメは「やらせ」として許されなくなっていった。演出に巧みに仕込まれた「嘘」を制作者は隠さなければならなくなったし、「嘘」がバレたら視聴者から非難されるようになった。
そんななか、作り手があえて「嘘」であると明らかにすることで、視聴者がその「嘘」自体を楽しむ視聴態度が確立されていく。2003年から始まった『放送禁止』シリーズ(フジテレビ系)が記念碑的な番組だ。
第2話の『放送禁止2 ある呪われた大家族』は、ある「大家族」に密着したドキュメンタリーを模した回だ。一見、通常のドキュメンタリー作品のように見えるが、注意深く見続けると、表面的に描かれた仲睦まじい大家族の物語とは別の“真実”が浮かび上がってくる。父親が子供たちを虐待していることを示唆する描写や、家族が父親の殺害計画を準備していると思わざるを得ない描写が断片的に現われるのだ。
普通のドキュメンタリーだと思って見ていた視聴者は番組の最後に訪れる“どんでん返し”で騙される快感に浸り、ハッキリ分からないものを分かりたいという欲求に溺れることになる。
この重層的な仕掛けは、フェイクドキュメンタリーという手法を、テレビというフォーマットで取り上げることによって実現した、唯一無二の“発明”となった。
こうして「どこからが嘘なのか」「どこまで嘘が本当に見えるか」「どれくらい嘘の世界に没頭できるか」を楽しむ「嘘が混じっていることが自明」のコンテンツとしてフェイクドキュメンタリーは花開いた。『タイムスクープハンター』(2009~2015年、NHK)や『山田孝之の東京都北区赤羽』(2015年、テレビ東京系)といった、かつて「川口浩探検隊」が持っていたデタラメな悪戯心を継承しつつも、緻密な作り込みで精緻な世界観を構築した作品が生み出されていった。
テレビ番組のみならずイベントでも異物感丸出しの不気味な作品を生み続けているテレビ東京・プロデューサーの大森時生は自らの作品について次のように語っている。
「僕が作ろうとしている映像や違和感は、テレビの中ですごく異物になりやすい。ちょっと余白をあけて、視聴者に補完してもらうというか、自分で考えてもらう。そういう余白があるから、SNS上で感想をつぶやいたり、周りの人に『見てよ』って勧めていただいたりして、ありがたいことに話題にしていただいている」
SNS上で何かを言いたくなるというのが、重要なポイントだろう。昨今のいわゆる考察ブームと相まって、その「余白」をひとりで、ではなく、みんなで埋めていく。だから話題はより広まっていく。その主体性が幸福な“共犯関係”を生んでいくのだ。
フェイクドキュメンタリー手法の番組
●『イシナガキクエを探しています』(2024)
電話番号も公開した「嘘の公開捜査番組」
55年前に突如姿を消した女性「イシナガキクエ」を探し続けた老人・米原実次が志半ばで亡くなったため、その遺志を継いで捜索するという、公開捜査番組を模した番組。スタジオ後方には電話オペレーターも並ぶ。
●『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(2021)
包丁・血・家庭不和……不審すぎる 「大家族密着バラエティ」
BSテレ東にて4夜連続で放送。「悩める奥様の元に、Aマッソが芸能界のおせっかい奥様を派遣!」と銘打たれた「笑いあり、涙ありのハートウォーミング」な主婦向けバラエティ。しかし、次第に不穏な展開に……。
●『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』(2022)
コンプラ必至の昭和深夜バラエティから“呪い”が伝播
いとうせいこうが司会を務める、最近よくあるアーカイブ紹介系番組。いかにも“昭和”な架空の番組『坂谷一郎のミッドナイトパラダイス』が発掘されるのだが、それを見ていくうちに奇妙なことが起こり始める。
●『TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇』(2022)
NHK Eテレが送り出す架空の特撮番組
1970年代に放送された「岡本太郎作品モチーフの特撮ヒーロードラマ」が発掘されたという体裁。芸術の巨人・タローマンが「奇獣」と戦う本編の後には、“再放送世代”のサカナクション・山口一郎が思い出をまるで実在した特撮であったかのように語る。
【プロフィール】
てれびのスキマ(ライター)/1978年生まれ。テレビ番組に関する取材を行なう。戸部田誠の名義での著書に『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『タモリ学』(イースト・プレス)、『芸能界誕生』(新潮新書)など。最新刊『フェイクドキュメンタリーの時代──テレビの愉快犯たち』は、日本で最もテレビを視聴していると言っても過言ではない著者が、膨大な資料と番組制作者への直接取材を元に「テレビ・フェイクドキュメンタリー現代史」を解き明かした一冊。
※週刊ポスト2024年11月1日号