訪日外国人旅行者数が年間3000万人を突破した十年前、東京など都市部へ出張するサラリーマンたちから「ホテル予約がとれない」「宿泊価格が高くなって予算が合わない」という声が続出したことがあった。ホテルそのものが増えたり、新型コロナウイルスの影響で人の移動が減るなどしたこともあり、あのときの記憶が薄れた十年後、コロナ禍で減った訪日外国人旅行者数が再び3000万人を超えたいま、前より規模が大きな「ホテル難民」の大量出現が日本で起きている。ライターの宮添優氏が、2024年の新たなホテル難民の現実についてレポートする。
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観光庁のまとめによると2024年1月から9月までの訪日外国人数が、2023年の年間総計を上回った。また、2024年9月の訪日外国人数はおよそ287万人で、9月としては過去最高を記録した。さらに、2024年7~9月期の訪日外国人消費額は、2023年同期比41.1%増、コロナ前の2019年同期比64.8%増の1兆9480億円、一人当たりの旅行支出も2023年同期比6.7%増、2019年同期比37.0%増の22万3195円になった。
消費額が激増して喜ばしい限り、というとそうでもない。かつてのように「インバウンド客」による「爆買い」への期待がないわけではないが、昨今では「オーバーツーリズム」問題のほうがクローズアップされている。たとえば大挙して押し寄せる外国人観光客のために電車やバスが混雑して乗れない、飲食店や商店に混雑して入れないなど日常生活に支障が出る地元の人たちが続出。さらには、価値観の相違からか訪日客による迷惑行為も増加している。中でも、今まさに悩みの種になっているのは「訪日外国人客」の影響で宿泊できるホテルや旅館が「全くない」状態に追い込まれている現実だ。
「東京はホテルも旅館もたくさんある。そう思って来たのに。考えが甘かったというか、外国人旅行者がこんなにも多いとは驚きました」
大分県在住の浪人生(19歳)は今年の夏、受験予定である都内の某私立大学のオープンキャンパスに参加するため2泊3日の予定で上京した。1日目の訪問が終了し、さっそくホテルを探そうと新宿・歌舞伎町にむかったが、そこでホテル難民となってしまったのだ。
「平日の夕方でしたが、空き部屋があるホテルが一つもないんです。あったとしても、スイートルームなど僕が泊まれないような高額の部屋ばかり。一年前も同じように大学見学をしましたが、その時は当日ホテルに行けば宿泊できるところは見つかった。1万円もあれば泊まれると思っていましたが、ラブホテルでさえ2万円近くする。漫画喫茶もいっぱいで、夜中までうろついて警察に補導されかけたりもして、結局牛丼屋で朝まで過ごしました」(浪人生)
いくら平日とはいえ、東京や大阪などの大都市の宿泊施設の予約が困難なことは想像に難くない。事前の下調べなしだった浪人生側にも非がないとはいえないが、都会だからホテルや旅館がたくさんあるだろう、という期待は、今やすべきではないのだ。
東京ドームでの試合観戦に埼玉のホテルを予約
いくら入念な事前準備をしても、結局「普通の日本人」が宿泊できる施設は限られているようだ。関西在住で、プロ野球の熱狂的なファンだという会社員の女性(30代)が嘆く。
「野球観戦の遠征で首都圏や、福岡、札幌にもよく行きますが、今まで1万円程度で宿泊できていたホテルが、どこも倍以上になりました。そして、仕方なく倍の金額を支払って宿泊したホテルは、どこもかしこも外国人だらけ。しかも円安だからか、彼らのほうが金払いもよく、ホテル側のサービスも、日本人には冷たく感じられるほどでした」(会社員の女性)
今年の夏以降は、宿泊費が倍増していたホテルの予約さえ困難になり、東京ドームでの試合観戦のため、埼玉県内のホテルを取ることもあったと振り返る。
「アホらしいと自分でも思いますよ(笑)。でも、都内で不自然に安いホテルや旅館に泊まるよりはマシです。以前、安いと思って宿泊したホテルは中国人の経営で、客もほとんど中国人。ネット予約では気がつきませんでしたが、日本語もほとんど通じず怖い思いをしました。ただ、最近は埼玉や千葉のホテルも高くなっていて、宿泊を諦め、試合終わりに夜行バスで帰ることもあります。コロナ禍前にも高い時期はありましたが、今は次元が違うと感じます」(会社員の女性)
ホテル難民が続出する、空き部屋不足の影響を一番モロに受けていると思われるのが、出張のあるサラリーマンたちだ。複数人に話を聞いたが、各人からは悲痛ともいえる訴えや怨嗟の声が漏れ聞こえる。都内在住の食品会社勤務の男性(50代)が、ほとんど吐き捨てるようにいう。
「出張時の宿泊代の上限が1万3000円と決まっているんですよね。でも、大阪でも福岡でも、こんな金額じゃ泊まれませんよ。だからオーバー分は自腹で、月に数万円の出費になっています。会社に言っても”もっと安い施設を見つけて”の一点張り。あり得ない、冗談じゃないと思っていますが、現状はそうするしかない」(食品会社勤務の男性)
男性が先日大阪に出張した際などは、京都や神戸などの有名観光地の宿泊施設も全滅。大阪市内からかなり離れた府内のホテルも満杯で、仕方なく和歌山県内に宿を取ったという。
「そこまでして会社に貢献してるのに、大阪市内から和歌山までの交通費も、会社は認めてくれない。仕事なんだから、ちゃんと経費で切ってくれよとは思いますがね。経理にいっても”どうしようもできない”と言われて、上司や同僚と途方に暮れていますよ」(食品会社勤務の男性)
多少の揺り戻しはあるものの、円が安い状態は当分、変わりそうになくコロナ禍明けという状況も後押しして、訪日外国人数がさらに増えることも予想される。普通の日本の市民が普通の生活を送ることができないとなれば、政府や役所がそろそろ本気で「オーバーツーリズム」の対策について論じられても良さそうだが、今のところその気配は感じられない。