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臨床心理士・東畑開人さん『雨の日の心理学』インタビュー「経験を重ねると、やっぱり大事なのはバランスだなと思う」

NEWSポストセブン 2024年11月1日 16時15分

【著者インタビュー】東畑開人さん/『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』/角川書店/1760円

【本の内容】
《こころのケアははじめるものではなくて、はじまってしまうものである》。本書の「まえがき─雨の日のガイダンス」はこんな一文で始まる。《よく晴れた休日に散歩に出かけたら、突然大雨が降ってくるようなもの》と東畑さんが語るそのとき、私たちはどのように対処したらいいのか。夫や子ども、親、友達など、大切な誰かのケアが必要になったときに知っておくと役に立つ、こころのケアの本質から小手先の技術までを易しい言葉で授業形式で説いた入門書。

人は晴れの日と雨の日を行き来しながら暮らしている

 カウンセラー(臨床心理士)と大学の先生と執筆業、三足のわらじを履いて多忙な毎日を送っていた東畑さんだが、2022年にそれまで勤務していた大学を退職した。

「週刊誌の連載が始まって、それまで以上にめちゃくちゃ忙しくなっちゃって、ある日、脳が『ピキッ』っていったんですよ。難しいことを考えようとすると頭が痛くなるようになって」

 脳ドックで診てもらっても何も問題はなく、どうやら心因性のもののようだった。

「3つの仕事を続けていくのは無理だと思って、どれか1つやめようと考えたんです。臨床は自分にとって根源的なものなのでやめられないし、執筆も続けたい。やめるなら大学だなと思って学科長に申し出たら、嘘みたいに頭の痛みが消えました。

 退職できるのは1年後だったので、物理的な状況は変わっていないのに(笑い)」

 教えること自体は嫌いではなかったので、退職したのとほぼ同じころに、オンラインで一般向けのセミナーを始めることになった。今回の本も、オンラインの授業がもとになっている。

「大学に勤めてるときに気づいたんですけど、多分ぼく、すごく授業がうまいんですよ。どうやって学生を眠らせずに、『わかる』と思わせるかというところで勝負してきたんです。講演とか研修に呼ばれることもあって、臨床心理士とか看護師とか不登校の子どもを抱える親御さんの会とか、そういうところでやる講演ってすごい真剣勝負感があって。質問もすごくシビアで、こういう仕事はきちんと引き受けてないといけないな、と感じました」

「雨の日の心理学」という本のタイトルに心ひかれる人も多いだろう。晴れている日もあれば雨の降る日もある。雨が降っている日の「こころのケア」には何が必要か、ということがわかりやすく説かれている。

「心って、気候と重ねて語られることが多いと思うんですよ。心が曇っているとか、晴れ晴れとするとか。

 天気の気は気持ちの気でもありますし、奈良時代、平安時代ぐらいから、世界の質感に自分の心の質感を重ねる想像力ってずっと変わらずあるものなんじゃないかと思うんですよね」

 5日間続く授業という設定で、「こころのケアとはなんだろうか」から始まり、「晴れの日」のケアとは、「雨の日」とは、と続いていく。

「ケアの本ってたくさん出ていると思うんですけど、元気な人がもっと元気を出すための自己啓発書か、病気の人にどう接するかの本の、どちらかになりがちです。『晴れの日』の本か『雨の日』の本かってことなんですけど、人は晴れの日と雨の日を行き来しながら暮らしているんだということをぼくは一番言いたかったですね。ふつうに暮らしているときは、みんな結構、きちんとケアできているのに、時々、雨が降って、相手のことがわからなくなってしまう。そういうときにどうしたらいいんだろう、みたいなことがこの本の大きなストーリーになっています」

「PSポジション」のときにメールを書いてはいけない

 ケアをする人が元気じゃないとケアできない、という思いが根底にある。

「この本では、結構、技術的なこともいろいろ細かく書いています。技術というと小手先の話ではあるんですけど、たとえば包丁研ぎの職人が研ぎ方に一家言あるみたいに、それぞれの技術にその人らしさが表れるじゃないですか。具体的な技術を、何を考えながらそうしているかを書くことで、結構哲学的な話になっていくんじゃないかと思ったんです」

 実際にオンラインで行われた授業の内容がもとになっているが、書籍化にあたって全面的に書き直したそうだ。

「本にするために編集者とやりとりしてわかったんですけど、ぼくってものすごく人にわかってほしい人間なんですよ。考えていることをわかってもらえないのが苦しくて、『これだとわかってもらえないに違いない』みたいな強迫観念が生まれてきて。絶対にわかってもらえるようにしたいという思いが強いから話もくどくなるし長くなるんですよ。とはいえ、あまりくどいと読む気をなくすじゃないですか。そのあたりを考えながら書き直しました」

 バランスのいい本でもある。わかりやすくて考えさせる。面白くて具体的にも役に立つ。バランスという言葉は本の中にも出てくる。

「結局、ケアってバランスなんですよね。若いときはバランスって言ってる人は軟弱だ、なんて思ってたんです。ふざけるな、もっとロジカルに話せよ、なんて思ってたんですけど、経験を重ねていくと、やっぱりバランスだな、と。

 バランスを取るために何が必要かというと、何と何の間でバランスを取るのか、その2つのものがいったい何かを理解することなんですよ。たとえば『ケア』と『セラピー』だったりね。追い詰められていると、人ってひとつの道しか見えなくなるけど、バランスを探ろうと思う時点で、閉じ込められたところから少し脱出できているんですよ」

 本の中にこころには、余裕のあるとき(Dポジション)と追い詰められているとき(PSポジション)があるという説明が出てくる。この言葉を知って自分がいまどちらの状態にあるか考えるだけで、こころを落ちつかせられそうだ。PSポジションのときに怒りにまかせてメールを書かない、送らない、というのはすべての人に知ってほしい情報である。

 東畑さんは、この本を読んでほしいと思う読者層というのを考えていますか。

「今回の本はまさに、『女性セブン』の読者ぐらいの層の人のことを一番考えていて。周りにいっぱいケアする人がいる女性ですね。本に出てくる比喩も、女性の読者を思い浮かべながら書いています。子どももいるし、親も手助けが必要になって、職場でも誰かの面倒を見なければいけない、そんな人に手に取ってもらえたらと思っています」

【プロフィール】
東畑開人(とうはた・かいと)/1983年東京都生まれ。臨床心理士・公認心理師。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭を執った後、白金高輪カウンセリングルーム主宰。2019年『居るのはつらいよ──ケアとセラピーについての覚書』で大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020を受賞。ほかの著書に『心はどこへ消えた?』『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『聞く技術 聞いてもらう技術』『ふつうの相談』など。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年11月14日号

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