いわゆる「闇バイト」による強盗事件が首都圏を中心に相次いでいる。逮捕されるのは「受け子」や「出し子」と呼ばれる末端の実行役ばかりで、暴力団や半グレなどによる組織的関与も指摘され始めている。いわれのない中傷か、はたまた“街を守る存在”という正義感に駆られたのか。「ウチの縄張りで強盗を行なうなら成敗する」──こんな掲示をする有名暴力団組織が現れた。暴力団取材の第一人者であるフリーライターの鈴木智彦が当該組織を直撃。幹部は掲示を認めた。
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首都圏で連続発生している強盗事件が止まらない。被害者が拉致されたり、殺害される凶悪事件さえ起きている。
「被害者の方が亡くなる事態など、国民の体感治安に深刻な影響を与えている。重要なのは一刻も早く首謀者を逮捕すること。警察が一体となって事案の全容解明を進めていきたい」
10月24日、露木康浩警察庁長官が定例会見で強盗事件に言及したが、抑止効果はなかった。10月30日未明にも三鷹市の一戸建て住宅の窓ガラスを割って男らが侵入、70代男性の首を絞めて逃走して捕まった。11月1日には千葉県市原市のラブホテルで客室にある精算機が壊され、手足を縛られた女性従業員が殺される事件が発生。2日には東京・葛飾で緊縛強盗が現行犯逮捕され、翌3日には千葉県四街道市で住宅に押し入った強盗が50代の男性を殴り、1万3000円を奪って逃走、翌日に逮捕された。原稿を書いている最中にどんどん強盗事件が起き、原稿を手直しせねばならない異常事態だ。
連日のように報道され、世間が強盗に警戒しているのに、なぜ事件が立て続けに起きるのか。ほとんどの事件で実行犯が逮捕されたにもかかわらず、どうして終息の気配がないのか。事件の黒幕たちは逃げ切る自信があるのか、破れかぶれなのかは分からない。ただし、黒幕は素人ではない。捕まれば一生娑婆に出られないのは分かっているだろう。
悪党たちを一網打尽に出来ない理由ははっきりしている。実行犯がほぼ一般人だからだ。
即席強盗団は肝心な情報を一切知らされていない。SNSの書き込みを見て応募してきたズブの素人なのだ。金に困ったごく普通の若者たちが高額な日当に釣られて蝟集し、見知らぬ相手とパーティを組んで、アルバイト感覚で凶悪犯罪を実行している。本当の悪党らは安全地帯に身を隠し、強盗団を遠隔操作している。
昨年、「ルフィ」と名乗る元暴力団員の首謀者らが、全国8か所で起きた強盗事件の黒幕として起訴された。彼らはフィリピンから強盗団を指揮していた。今回も黒幕が海外にいる可能性はあるだろう。
ほとんどの事件で使われているのが、飛ばしの携帯電話にインストールされた秘匿性の高い通信アプリである。実行犯を逮捕し、端末を押収して通話記録を調べても、指示役や黒幕になかなかたどり着けない。
高額なバイト代に釣られた応募者たちは、個人情報を握られ、家族に危害を加えるなどと脅されているという。こうした手口は匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の応用編である。悪党たちはオレオレ詐欺を何度も繰り返し、トライ&エラーでノウハウを蓄積、素人をコントロールするマニュアルを確立した。マニュアル作成のため途方もない金と時間と情熱が投資されており、自分は大丈夫だと高をくくっている人間さえコントロールされる。強盗殺人のような凶悪犯罪でさえ実行させられる完成度だから、将来的にはあらゆる犯罪に悪用されるだろう。拳銃を持たせれば、銀行強盗だって可能なはずだ。
新型強盗の特殊事情を鑑み、警察庁は10月18日、YouTubeの公式チャンネルに『凶悪な犯罪に加担しようとしている方へ』という動画を投稿した。
「自分自身や家族への脅迫が理由であっても強盗は凶悪な犯罪です。犯罪に関わってはいけません。勇気を持って抜け出し、すぐに警察に相談をしてください。警察は相談を受けたあなたやあなたのご家族を確実に保護します。安心して、そして勇気を持って、今すぐ引き返してください」
その裏で、都内の老舗博徒一家が本部事務所前に告知を掲示し、注意喚起をしていたことは、あまり知られていない。警察庁の動画がアップされたのは、その告知が“撤去”された直後だった。
「トクリュウ」と暴力団の関係
指定暴力団稲川会碑文谷一家本部(東京都品川区)の入口脇には、アクリル板で作られた掲示スペースがある。夏場はここに〈ただ笑う〉と筆文字で書かれた紙が張り出されていた。
掲示が入れ替えられたのは、今から約1か月前だった。
〈告知。昨今、闇バイト、オレオレ詐欺、強盗等多発しておりますが それらの者、組織、団体には碑文谷一家の縄張りに於いて、当家は断固たる処置を取ります(品川区、大田区、世田谷区一部、目黒区一部)〉(※句読点一部筆者)
暴力団の義理回状(*編集部注:襲名、縁組、破門、絶縁など暴力団が他組織に送る文書を指す)風に、おどろおどろしいので、こちらで言葉を補い、勝手に口語訳すれば、「闇バイトを使ってオレオレ詐欺や強盗をしている人間、組織に告ぐ。もし碑文谷一家の縄張りでそのような行為をしたら成敗する」とでもなろう。いまや反社会勢力とまで呼ばれるようになった暴力団が、強盗に対して強い言葉でメッセージを送り、プレッシャーをかけたのだ。
長年、暴力団取材を続けてきた身には違和感がない。暴力団のメンタリティを考えればやりかねない。同様の行為を全国の指定暴力団が行なっても不思議はない。人を通じて関東で最も暴力的な組織……有り体にいえば、最もこの手の強盗事件を起こしかねない団体のトップにも訊いてもらったのだが、「こんな強盗は絶対に許されない」と憤っていた。
元来、暴力団は地域密着型のアウトロー集団である。博奕をシノギ(暴力団の経済活動)にしていた時代、三下と呼ばれる新入り組員は、近隣の旦那衆に自らの経営する賭場で遊んでもらうために、地元の街を掃除し、祭の警備や雑用をして地域に奉仕した。彼らは暴力装置を隠し持っている。その暴力を使い、自警団的な発想で地域貢献しようとするのは博徒の歴史からみて、自然の成り行きだろう。
だが、思い出さずにはいられない。オレオレ詐欺の背後にいたのは暴力団だった。もっといえば、2000年頃に頻発していた不良外国人による強盗事件も、暴力団が自宅に現金をため込んでいる家の情報を売り、強盗たちを道案内した。手口を考えれば、今回だって、首謀者には高確率で半グレや元暴力団員、暴力団関係者がいるはずだ。
「SNSを介して特殊詐欺や強盗をはかる匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)への暴力団関係者の関与も指摘され、脅威は衰えていない」(朝日新聞。2024年11月1日)
新聞報道で懸念されたように、事件の全容が解明されたとき、現役暴力団の名前が挙がる可能性もある。世間は暴力団を裏社会における会社のようなものと誤解しているが、実態は個人事業主の集まりだ。そのため同じ組織の幹部同士、なにをシノギにしているか把握していない。そのためこうした告知をしておきながら、碑文谷一家の組員が逮捕されるかもしれない。そうなればマッチポンプもいいところだ。
それに断固たる処置を取るとはどういう意味なのか。暴力的解決を匂わせ、強盗団を恫喝していると突っ込まれれば反論できないだろう。それに本気ならなぜ告知を取り下げたのか。訊きたいことが山ほどあったので碑文谷一家を直撃した。
直撃に幹部は掲載を認めた
対応した幹部は、まず告知を掲示していた事実は認めた。以下、幹部との一問一答を記す。
──暴力団は社会から蛇蝎のように嫌われている。あの告知を出した目的は、厳しい目を少しでも和らげるための人気取りか?
幹部「誰にどう解釈されてもかまわない。地域の安全を考えるだけだ」
──断固たる処置とは、暴力的な制裁を加えるという意味か? それは恫喝ではないのか?
幹部「ノーコメントだ」
──告知を撤去したのは警察の要望か? それとも上部団体の指示か? 違うなら理由を教えて欲しい。
幹部「その件に関してもコメントできない」
残念ながら、ほとんど回答は得られなかった。が、彼らの行動に合理性はある。暴力団の経済力は、本拠とするエリアの経済規模に比例する。縄張り内で安心して暮らせるように動くのは、暴力団にとってもメリットがあるのだ。ただし業界内部からは「余計なことを言いやがって」と批判されるだろう。なにしろ裏社会は案外狭い。強盗団の当事者に現役組員がいなくても、きっとどこかで暴力団に繋がる。
キジも鳴かずば撃たれまい──。
はっきりと声を上げれば、世間からだって批判される。にもかかわらず、リスクを承知でメッセージを出したのは、これが強盗の抑止力になるなら、世間に、警察に、業界にどう思われてもかまわないと決断したからなのか。暴力団が実名を出して強盗にプレッシャーをかけようとするほど、今回の連続強盗事件は異常ということなのか。
とはいえ、まだ首謀者は捕まっておらず、すべては憶測である。一刻も早く事件を解決し、全容を解明しなければならない。その時、身内から逮捕者を出し、碑文谷一家の告知が茶番にならないよう祈っている。
◆取材・文/鈴木智彦(フリーライター)