言葉遣いは何より人の印象を左右させる。心掛けひとつで大きく変わるものでもある。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。
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今年もそういう季節になりました。月日が経つのは早いものです。11月5日、2024年の「新語・流行語大賞」の候補となる30の言葉が発表されました。「裏金問題」「50‐50」「カスハラ」あたりは馴染み深いですが、正直、初めて聞いた言葉もいくつかあります。
世間の関心がどんどん細分化している昨今、30の言葉の意味がすべてわかる人は、ほとんどいないでしょう。そして、栄えある年間大賞を授賞した言葉も、あっという間に存在感が薄くなっていきます。ちなみに去年の年間大賞は、阪神タイガース監督だった岡田彰布氏の「アレ(A.R.E.)」でした。流行り言葉というのは、じつに儚いものですね。
「新語・流行語大賞」がスタートしたのは、1984(昭和59)年。昭和人間の我々としては、昨日今日登場したぽっと出の「新語・流行語」を見て、知ってるとか知らないとか、そんな言葉どこで流行ってるんだなどと言っていても仕方ありません。
着目したいのは、昭和の頃に生まれた「新語・流行語」です。そうした言葉をあらためて味わったり、あえて使ってみたりすることで、若い頃のパワーを蘇らせてしまいましょう。きっと言葉が持つさまざまなパワーを授かることもできるはず。
1984(昭和59)年の第1回から1988(昭和63)年の第5回の「新語・流行語大賞」の授賞語から、「令和の今こそ使いたい懐かしワード」をピックアップしてみます。
●とくに違和感なく使えそうな3つの言葉
【パフォーマンス】(1985年「新語部門・銀賞」)
【激辛】(1986年「新語部門・銀賞」)
【家庭内離婚】(1986年「新語部門・表現賞」
どれも今では「おなじみ」になった言葉ですが、使われ始めたのは昭和末期です。性能のことをわざわざ「パフォーマンス」と言ったり、売り上げの数字を見て「うーん、激辛だな」と呟いたりなど、チャンスを見つけて積極的に使うことで「新参者だけど昔からいるみたいな顔をする極意」を会得できるかもしれません。ただ、3つ目の「家庭内離婚」を家庭内で不用意に口にすると、望まない事態に発展する可能性がありそうです。
●懐かしい響きが味わい深い3つの言葉
【バクハツだ!/なんだかわからない】(1986年「特別賞の特別部門・語録賞」)
【ワンフィンガー ツーフィンガー】(1987年「流行語部門・大衆賞」)
【しょうゆ顔・ソース顔】(1988年「流行語部門・大衆賞」)
「定年後はどうするの?」と聞かれて、岡本太郎っぽい表情と口調で「定年はバクハツだ!」と言えば、不思議な力強さを印象付けられるでしょう。バーでウィスキーの水割りをバーテンダーに注文するときは「○○をツーフィンガーで」と、仕草付きでキザに決めたいもの。たぶん通じませんが、「失礼。ダブルで」と言い直せば「人生の先輩感」を醸し出せそうです。「しょうゆ顔・ソース顔」は、時節柄、自分の顔以外に使うのは控えましょう。
●時代は変わるものだと実感できる3つの言葉
【150円台】(1986年「特別賞の特別部門・特別賞」)
【新人類】(1986年「流行語部門・金賞」)
【5時から(男)】(1988年「流行語部門・大衆賞」)
今では「この世の終わり」みたいに言われがちな「150円台(米ドルに対する円レート)」ですが、この頃は200円を切ったことが話題で、「やがて150円台になる」という予測がポジティブなニュアンスで語られていました。当時「新人類」の代表として表彰されたのは、西武ライオンズの若手だった清原和博、工藤公康、渡辺久信の3人。「5時から(男)」は、かつては批判的に見られていましたが、今はむしろ推奨される生き方になりました。
●冗談っぽく本音を表現できる3つの言葉
【くれない族】(1984年「流行語部門・銀賞」)
【亭主元気で留守がいい】(1986年「流行語部門・銅賞」)
【やるしかない】(1986年「特別賞の特別部門・特別賞」)
「くれない族」は、すぐに「~してくれない」と言いがちな人のこと。若い部下の指示待ちっぷりを嘆くときに「あいつら本当に『くれない族』だよな」と言えば、同年代は深く共感してくれるでしょう。「亭主元気で~」は「女房元気で~」とアレンジすることで、活用の幅が広がりそうです。「やるしかない」は、社会党の新委員長になった土井たか子の言葉。何かに挑戦する場面で「やるっきゃない!」と言って強い決意を表現しましょう。
●同年代を確実にニヤリとさせられる3つの言葉
【「まるきん、まるび」(1984年「流行語部門・金賞」)
【私はコレで会社をやめました】(1985年「流行語部門・大衆賞」)
【今宵はここまでに(いたしとうござりまする)】「1988年「流行語部門・金賞」」
お酒の誘いを断わるときに「今月は『まるび』だからさー」と断わったり、チャーシュー麵を頼んだ同僚を「おっ、『まるきん』は違うね」と冷やかしたりすれば、お互いに少し楽しい気持ちになれます。離婚のいきさつを聞かれて「私はコレで結婚をやめました」と小指を立てながら言ってみるのもオツなもの。飲んでいて先に帰るときには、若尾文子っぽく「今宵はここまでに~」と言ってみましょう。同年代同士の絆が深まりそうです。
昭和の頃の「新語・流行語」を振り返ることで、言葉の持つ幅広いパワーやしぶとい生命力を感じることができました。今年の年間大賞やトップテンは12月2日に発表されるとか。ただ、どんな言葉が選ばれたとしても、昭和人間がそっちを積極的に使うのは危険。どこか痛々しい感じになりそうです。新しいほうが使いづらいところに、言葉の不思議さや「新語・流行語」というものの微妙さを感じずにはいられません。