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宮島未奈氏、疾走エンタメお仕事小説『婚活マエストロ』インタビュー「私にとって小説を読むことは発見だから、自分の本で嫌な気分にはさせたくない」

NEWSポストセブン 2024年11月16日 7時15分

 2023年の初著書にして本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』、及び今年1月刊行の続編『成瀬は信じた道をいく』以来の、ファン待望の新作が刊行された。

 宮島未奈著『婚活マエストロ』である。主人公は、冒頭の2023年10月10日時点で満40歳を迎えた、自称〈こたつ記事量産ライター〉の〈猪名川健人〉。学生時代からの下宿に今も住み、大家の〈田中宏〉や友人と時々会う以外は誰と関わるでもなかった在宅ライターの彼が、ひょんなことから地元浜松の婚活パーティに参加。結果的には主催者の〈高野豊〉社長や司会者の〈鏡原奈緒子〉をサポートする側に回っていく、巻き込まれ型のお仕事小説だ。

 ポイントは彼が婚活する側ではなく、それを見守る事業者側にいること。全6話の章題が「婚活初心者」から「傍観者」「旅行者」「探求者」「運営者」「主催者」と進むごとに健人自身や彼を取り巻く世界そのものが変わっていく、変化と選択を巡る物語でもある。

 シリーズ2作で95万部を突破。舞台となった滋賀県大津市内には主人公・成瀬あかりのイラストが描かれたラッピング電車が走り、聖地巡礼に訪れるファンが絶えないほどの社会現象となった成瀬シリーズといい本作といい、それにしてもなぜ宮島作品はこうも読み進むのが楽しいのだろう。

「そこは意識的ではないんです。例えば成瀬はちょっと変わった女の子を書こうと思って、それにはどんな行動を取らせるかを決めていくわけですけど、ちょうどその頃に西武大津店の閉店を知ったんです。夏休み中、毎日そこに通う中学生がいたら面白いかなくらいの感じで書き始めただけで、要はあんまり考えて書いたわけではないんです(笑)。プロットも作りませんし。

 今回の作品も担当編集者が昔、婚活の司会のアルバイトをしていたらしく、ぜひこの題材で書いてほしいと言われたんですね。つまり婚活の運営側という要素は先に決まっていて、私はケンちゃんの視点で書くことなど、もらった種をどう膨らませ、どこで線を引くかを決めていきました」

 確かにきっかけは意外と何でもいいのかもしれない。その朝、健人は〈よう、ケンちゃん! 誕生日おめでとう!〉と、竹箒を手にした田中宏に声をかけられる。5年前に妻を亡くした80代独身の田中はある会社のHP記事を書いてほしいと頼み、〈お昼おごるし〉の一言で連れて行かれたのが、婚活会社〈ドリーム・ハピネス・プランニング〉だった。

 そもそも浜松で人が集まるのか自体、健人には謎だったが、社長からHPを見せられた途端、〈疑問の泉がストップした〉。その画面は〈これ、阿部寛のアレじゃん〉と田中が言うほど古く、しかもそこには今夜のパーティの告知があり、思わず〈マジか〉と声が出た。

「阿部寛のホームページという慣用句を知らない方もいるとは思ったんですけど、あれを見た時に湧きおこる感情はそうとしか言えない唯一無二のもの。それでも調べる人は調べると思って、そのまま書いてみました」

 ともかく一度パーティを覗いてみることにした健人は、人の相性を〈匂い〉で嗅ぎ分け、驚異の成婚率を誇る婚活マエストロとしてSNSでも噂の40歳、鏡原と出会うことになるのだ。

その気になればどこでも書ける

「取材はしていなくて、一通り調べはしましたけど、基本は全て私の想像です。そもそも私が書いたのはフィクションの婚活業界で、仮に違ってもいいと思った。成瀬シリーズでも現実の大津とは細部が微妙に違っていて、成瀬が住む大津と私の住む大津が同時に存在し、でも実際に会ったりはできないんですね。パラレルワールドみたいに。

 今回の舞台の浜松も実は行ったことがなくて。同じ静岡でも富士市出身の私が、規模的にピッタリだと思った浜松をグーグルマップを参考にして書き、ケンちゃんが鏡原と行ったなか卯が実は存在しないとか、ちょっとずつ嘘をついているのも、フィクションの浜松だからなんですね。

 地名はその方がイメージが湧きやすいから使っているだけで、この世界のどこかにあり得たかもしれないもう一つの大津や浜松として楽しんでくれたら嬉しい。私は大の旅嫌いなんですが、その気になればどこでも書ける自信はつきました(笑)」

 ある時は臨時係員として琵琶湖バスツアーにも同行し、かと思えば自ら向学のために婚活アプリを試して撃沈したり、〈勉強会〉詐欺に遭いそうになったり……。押しは弱いが根は真面目な健人の奮闘は本人が本気だけに笑いを誘い、鏡原との関係も含めてつい応援したくなるが、その先をあえて書きすぎないのも宮島流だ。

「誰かがくっついたり離れたり、いろんなパターンがある中で、1つしか書けないわけですよ、小説には。書くとなるとその分岐から先のことまで決まってしまうし、それこそ実際の婚活を取材してドロドロした話を書くこともできたとは思う。でも未婚とか既婚とか子供がいるいないとか、そんなことを書き出したら対立を煽るだけですし、私にとって本や小説を読むことは発見で、嫌な気分になりたいためじゃない。だから、自分の本ではそうさせない。その点は安心して読んでいただければと思います」

 一度は諦めかけた小説を30代で再び書き始め、一躍人気作家に。「でも書くのがつらくなる時も正直あるし、やってよかったこともあるけど、やらない道もあったなって」と笑う彼女が紡ぐ物語の圧倒的な魅力を前に、私達は読者の業と知りつつ、その選択に感謝する他ない。

【プロフィール】
宮島未奈(みやじま・みな)/1983年富士市生まれ。京都大学文学部卒。結婚後、滋賀県大津市に移り住む。2017年に小説の執筆を再開し、2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回女による女のためのR-18文学賞大賞、読者賞、友近賞を受賞し、2023年に同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。第39回坪田譲治文学賞や2024年本屋大賞など計16冠に輝き、続編と併せて95万部を突破。年内に第3弾も刊行予定。158cm、A型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年11月22日号

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