芸能やスポーツで広く知られた人が、第二の活躍の場として「政治」を選ぶのは珍しいことではない。一方で、そのセカンドキャリアの選び方は、知名度だけでどうにかなるものではないと批判されがちだ。長年、選挙と政治の取材を続けてきたライターの小川裕夫氏が、第50回衆議院議員総選挙で初当選した八幡愛議員と森下千里議員、二人のタレント議員の対照的な初登院日と、国会議員としての資質についてレポートする。
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2024年10月27日に投開票された衆議院議員選挙は、自民党の石破茂総裁が事前に勝敗ラインと宣言していた自民党・公明党の両党で過半数を大幅に下回る惨敗を喫した。自公が過半数割れしたことは大きな政治トピックスになったが、その一方で今回の衆院選では多くのベテラン議員が落選して新人候補が誕生するという世代交代も進んだ。
国会議員に限らず、政治家の仕事は目に見える成果がすぐに出ない。10年20年という歳月を必要とすることもある。任期を終えた後に審判が下されることは珍しくない。短期的な仕事の成果で有権者に名前を覚えてもらい、知名度を高めるのは難しい職といえるだろう。新人議員のうちは、仕事を選ばずにがむしゃらに仕事をする事で政治家として成長し、少しずつ顔と名前を売るしかない。
そんな成果が出にくく名前を覚えてもらいにくい国会議員だが、その一方で”タレント議員”は新人でも世間に顔と名前を覚えてもらえる有利な立場にある。タレント議員の定義は明確ではないが、一般的に芸能・スポーツ・文化などの世界で活躍してから政界に転身した議員を指す。
タレント議員は、それまでの経歴から華やかなイメージで見られることが多く、逆に政治の勉強をしていないと批判されることも珍しくない。筆者はこれまでに何人ものタレント議員を取材してきた。また、長年にわたって初登院日の国会正門で新人議員を撮り続けてきた。初登院日の国会正門前は、多くの支援者が集まることが恒例になっている。今回も朝8時から国会正門前で初登院する新人議員を待ち続けた。
正門前で30分かけた初登院
通常、新人議員は初登院日にいち早く来る。なぜなら、初登院日は普段ならベテラン議員に向けられがちな取材陣のカメラが新人議員に向けられる数少ない機会だからだ。早く国会正門前に来れば、それだけテレビに露出するチャンスは増える。もともと知名度のアドバンテージがあるタレント議員であっても、ここで少しでも注目を集めるよう振る舞うことが多い。
ご当地アイドルとしてデビューし、グラビアアイドルなどを経てタレントとして活動していた八幡愛議員は、れいわ新選組の候補者として2021年の衆院選に近畿ブロックから比例単独で立候補したが落選。2022年の参院選では大阪選挙区から立候補したが再び落選した。3度目の挑戦となる今回の衆院選では、大阪13区から立候補。小選挙区では当選できなかったが比例で復活当選を果たし、9時過ぎに国会正門前に姿を現した。
すでに正門前には多くの支援者が集まっていたが、八幡議員は集まった支援者から祝福を受け、握手を交わしていった。その後も30分以上にもわたって正門前に滞在。その間も支援者と交流した。れいわ新選組や参政党は、特に根強い支持者がいるので登院してきた国会議員と支援者の間で即席のミニ集会が開催されるのがこれまでの恒例だったが、今回も同じように賑やかな初登院となった。
カメラを気にせず一瞬で通過
レースクイーンとして活動を始め、グラビアアイドルやタレントとして人気を集めていた森下千里議員は、今回の衆院選では自民党の比例単独候補として擁立された。名簿順位は東北ブロックの2番目で、自民党ということを考えれば当選は確実だった。それだけに選挙中からSNSなどでは「元タレントという知名度だけで当選できてしまう」ことを問題視する声も多く見られた。
初登院も、元タレントらしく華やかな登場をするのかと思ったら、思いがけない地味なものだった。
森下議員は開門時間の8時に姿を見せず、10時30分頃にようやく現れた。8時の開門から30分ほど経過した時点で少しずつカメラクルーは撤収を始め、やってきた頃には陣取るカメラクルーの数は数えるほどになっていた。
そうした状況になっていた正門前を、森下議員は特にカメラを気にすることなく一瞬で通過していった。自民党の支持者は初登院日に集まることはないので、森下議員が支援者と話をしたり、握手を交わしたりといった風景も見られなかった。
正門前に集まっていた報道陣も、特に森下議員を呼び止めることはなかった。そのまま国会敷地内に入った森下議員は、そこで待ち構えていた報道陣に囲まれていたが、支援者との交流は確認できなかった。
「国会議員の資質なし」との烙印は早計
タレント議員と言われるのに、予想外に地味な初登院だった森下議員だが、その資質に対して疑問視する声が選挙期間中に大きくなった理由は、YouTube番組『日経テレ東大学』で、ひろゆき氏との対談で政治知識が乏しいことが伝わってしまったからだろう。対談では食糧自給率についても正確に理解していなかったので、以前に自民党から出馬したタレント議員を引き合い出されて批判が高まった。だが、あらかじめ知識が豊富であることは、実は国会議員に求められる最も重要なことなのだろうかという疑問がある。
筆者は、これまでに選挙や国会など、多くの政治の場に足を運び、タレント候補・タレント議員と呼ばれる人たちを数え切れないほど見てきた。その経験からも、タレント議員という色眼鏡で見て、「国会議員の資質がない」とか「不勉強で、仕事ができない」と十把一絡げにハナから批判する気は起きない。
たとえば、市議会議員や市長といった政治家経験があれば国会議員として仕事ができるのか。はたまた財務省や外務省での勤務経験があれば国会議員は務まるのか。必ずしもYesとは言えないだろう。
なぜなら官僚から国会議員に転じたことで威張り散らして有権者からそっぽを向かれる国会議員を筆者はたくさん見てきたし、市長や知事の経験があっても勝手が違う国会議員という立場になって手腕を発揮できなった人もいた。また、頭でっかちになりがちで一般庶民の切実な訴えを理解できない議員もいる。
なぜ、芸能人やスポーツ選手が政治家に転身するときだけ非難されるのか。政治経験や知識は乏しくても、庶民に寄り添えることは政治家にとって非常に重要な資質でもある。
森下議員の食糧自給率を理解していなかったとする件も、その場で知らなくてもその後に勉強すれば済む。その失態をクローズアップして「国会議員の資質なし」と烙印を押すことは早計だろう。
国会議員になれば、あらゆる分野の人たちから毎日のように陳情を受けることになる。そうした数々の陳情の中には、これまで自分が携わってこなかった未知の分野も多々ある。それら知らない分野でも、親身になって話を聞かなければならない。だから、知識よりも話に耳を傾ける姿勢こそが重要になるのだ。
そもそも森下議員が名簿順位2位になった背景には、複雑な事情がある。もともと森下議員は2021年に宮城5区から立候補したが落選。その後も宮城5区でひたすら辻立ちを続けるなど、地道な政治活動を展開してきた。
ところが一票の格差を是正する10増10減の影響で、2024年の衆院選から宮城6区が廃止。それに伴って、森下候補が地盤にしていた宮城5区も大幅な区域の変更が生じた。
地道に活動を続けてきた森下議員は地盤を失ったため、その救済策として自民党から比例名簿2位という優遇を受けた。森下議員は国会議員になりたてなので政治手腕は未知数だが、少なくとも知名度だけで当選できる比例単独を自分から選んだわけではない。「タレント議員」という形容からは想像しづらいが、地味な活動を続けてきたことが関係者に評価されたのだろう。
初心を忘れず実直な活動を
初登院日の振る舞いは、特に決まりがない。一番乗りをするために、今回は前日の23時から並んだ議員もいた。朝8時の開門の際に、開門前から並んだ新人議員たちの列の様子が報じられることは恒例になっているが、これに加わる義務もない。また支援者との交流を優先するべきか、それとも政務や党務を実直にこなすのか――どちらがいいとか悪いといった話ではない。実際、同じ初当選を飾ったタレント議員でも、八幡と森下両議員を取り巻く初登院日の光景は大きく異なっていた。
対照的な初登院日を終えた二人の新人議員だが、これからは「国会議員は売れなくなった芸能人の仕事じゃない」とか「タレントが遊びの延長線でやれるような仕事ではない」といった批判を受ける場面は増えるだろう。そうした批判を真摯に受け止めつつも、初心を忘れずにこれまで通りに実直な活動を続けてもらいたい。