何がトランプ圧勝をもたらしたのか──日本では、その政治力学が理解されていない。“大接戦”という誤報を流し続けた新聞・テレビの報道では、わからなくて当然だ。そのままでは、今後の日米関係や国際情勢は見通せない。“トランプ氏圧勝”を見越していた批評家で作家の東浩紀氏が、今起きていることの本質を読み解く。
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トランプ氏の勝利は、アメリカの右傾化や排外主義の浸透などといった話ではなく、シンプルに大衆の間に満ちていた「格差への怒り」によって下された選択だ。その怒りを直視せず、高学歴都市住民のほうばかりを向いていたハリス氏と民主党は、国民からそっぽを向かれた。
当たり前だが、多くのアメリカ国民はトランプ氏の言動に問題があると理解している。だが、それでもハリス氏を選べないほど民主党が敬遠されたのだ。アメリカ人が「民主主義を壊してしまった」「騙されている」といった考えでは、“なぜ民主党が嫌われたのか”という本来、向き合うべき問いが隠れてしまう。
日本の左翼リベラルにも、同じ現象が起きている。今年7月の東京都知事選では、立憲民主党の参議院議員を辞め、共産党と共闘した蓮舫氏が3位に沈んだ。耳当たりのいいことばかりを言う左翼リベラルが、大衆の怒りの受け皿になれない構図は大統領選と似ている。
この現象は世界各地で起きており、保守対リベラルという図式に地殻変動が生じているのだ。
今後、20世紀の左翼運動を引きずったリベラルは急速に力を失い、総崩れを起こすだろう。そしてこれに代わって、新しい知識人層が一種の階級闘争のように立ち現われてくるのではないか。
新しい対立軸はまだ見えないが、もしかするとトランプ氏を熱烈に支援したイーロン・マスク氏は新しい知識人の走りかもしれない。有権者登録をした者に現金を贈って物議を醸したが、億万長者の道楽とは片付けられない存在感を示した。社会から信頼を勝ち得たのは、テスラやスペースXの事業を通じて変革をもたらした実業家だったからだ。
これまで知識人、とりわけ左翼は社会運動やNPOといった職業基盤を足場にしてきたが、そうした基盤が実業家を含む別の何かにシフトしているようにも見える。もはや戦略を大きく転換しなければ、リベラルは生き残ることすらできない。
新たな道筋を考える時、マルクスが19世紀に書いた『資本論』は参考になる。資本主義を打ち破る革命理論を打ち立てた“大きな物語”の本として記憶されているが、実は、かなりの紙幅が当時の劣悪な労働環境を告発することに割かれている。
大衆の悲惨さをいかに解決するか。その問題意識から、マルクスは日がな図書館にこもって新聞をめくり、労働者の苦境を綴る記述を書き写した。
本の中心にある革命理論が説得力を持ったのも、人々のこれらの苦境を解決するという文脈があったからだ。
現代の左翼も、大衆の悲惨さに寄り添い、解決を探る精神を取り戻すところから始めなければならない。
【プロフィール】
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『ゲンロン戦記──「知の観客」をつくる』 (中公新書ラクレ)、『訂正する力』(朝日新書)など。
取材・構成/広野真嗣(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2024年11月29日号