大関昇進を果たした大の里が横綱への階段を昇れるか、その土俵に注目が集まる大相撲九州場所。一方、関係者の間で話題となっているのが、今場所からNHK大相撲中継の専属解説者となった前・尾車親方(元大関・琴風)だ。
専属解説者は元横綱・北の富士、元小結・舞の海との3人体制となったわけだが、北の富士は体調不良により今場所も“全休”。昨年の春場所から11場所も不在が続いている。前・尾車親方の起用について、若手親方はこう話す。
「通常、初日の解説が誰かをNHKが発表するのは初日の4~5日前。番宣などを使って広報するが、今場所は初日2日前の取組編成会議のあと。それもスポーツ紙がスクープするようなかたちだった。今回の専属解説者への起用で、様々な方面に影響がありそうだ。
尾車さんは今年5月に67歳で協会を電撃退職。“老兵は消え去るのみ”との考えだと報じられたが、実際は角界に影響力を残す考えがあり、狙っていたとされるポジションのひとつがNHKの大相撲中継の専属解説者だった。北の富士さんが体調を崩して親方衆が日替わりでフォローするなか、後任選びを検討してなくてはならないNHKにアプローチしていたとされる。
もともと、北の富士さんは尾車さんの起用について“顔じゃない(分不相応)”との考えだったようで、7月場所ではわざわざVTR出演して健在をアピールしていた。ただ、NHK側が北の富士さんに頭を下げ、3人体制がスタートしたという。ギャラも破格で北の富士さんの後釜にポジションを狙う親方は少なくなかっただけに、尾車さんに決まったことの影響が様々あると見られています」
影響を受ける一人とされるのが、来年5月場所で65歳の定年を迎える伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)だという。
「相撲協会には70歳まで再雇用の仕組みもあるが、65歳で退職してNHKの専属解説者となる選択肢を考えていたと見られている。現役続行の瀬戸際にある弟子の横綱・照ノ富士が引退し、来年5月のタイミングで『伊勢ヶ濱』の名跡を譲って部屋を継がせるシナリオです。尾車さんが解説陣に入ったことで、伊勢ヶ濱親方は計算が狂ったのではないか」(同前)
その余波も大きそうだ。現在の伊勢ヶ濱部屋には、今年3月場所をもって弟子の不祥事によって自身の部屋が閉鎖された元横綱・白鵬の宮城野親方がいるからだ。
「伊勢ヶ濱親方が65歳で退職するのに合わせて宮城野部屋を再興できる可能性があると見られていた。しかし、NHKの専属評論家を尾車さんに持っていかれたことにより、伊勢ヶ濱親方が退職して照ノ富士に部屋を譲るのか、新たに年寄株を入手して協会に残り、部屋の陰のオーナーとして目を光らせることになるのかが流動的になってきた。
部屋の閉鎖から再興まで1年というのが短すぎるという声も協会内にあり、伊勢ヶ濱親方の退職という節目がないなら、速やかな再興は難しくなるのではないか。いずれにしても、照ノ富士が伊勢ヶ濱部屋の後継者となるのは既定路線。白鵬も同郷の後輩である照ノ富士の指示を受け、すべてにおいて許可をもらうことになる。白鵬がどこまで耐えられるのかも注目となる」(同前)
前・尾車親方が角界にポジションを築くことで、宮城野親方の今後のキャリアにまで影響がありそうだと見られているわけだが、その先に何が待つのか。相撲ジャーナリストが言う。
「NHK大相撲中継のご意見番としての地位を築いた北の富士さんが弟子である八角理事長(元横綱・北勝海)を協会トップに押し上げたように、尾車さんも同じ二所ノ関一門の佐渡ヶ嶽親方(元関脇・琴ノ若)を理事長にプッシュしようとしているとされる。しかも、二所ノ関一門には大の里と琴櫻という2人の日本出身横綱候補がいる。2人が綱取りを果たせば、まさに尾車さんの天下となるのではないか。
『尾車』の年寄株も将来的には琴櫻が襲名する予定で佐渡ヶ嶽部屋に返還したという。協会を退職してなお、今でも角界への影響力を持ち続けている。現在、尾車さんはスポーツ報知の専属評論家でもある。もともとは白鵬がメインでやっていたが、弟子の暴力事件で現在は休載中。今場所も初日前日のスポーツ報知には“白鵬の九州場所展望・評論・総括は休みます”と報じられた。そして、尾車さんの『元大関・琴風の目』がメインの評論家となっています」
土俵上の白熱した戦いとともに、角界の権力争いも熱を帯びてきたようだ。
※週刊ポスト2024年11月29日号