【書評】『悪口の極意』/村松友視・著/静岡新聞社/1650円
【評者】嵐山光三郎(作家)
江戸時代に川留で繁昌した島田宿のお稲荷さんに目安箱があり、悪口稲荷なる綽名がついた。それを継承して「愛するあなたへの悪口コンテスト」があり、審査委員長に村松友視氏がついた。静岡市の出身で『カミさんの悪口』という作品がテレビドラマ化されてヒットしたのが三十年前だ。
「冷たくなった あなたの心 寝てる間に 取り出して そーっとレンジで チンしたい」が第一回の大賞。準大賞は「おい息子 嫁さんまだか あれこれお前が使ってる あれは俺の恋女房」
入賞は「妻昼寝 トドに毛布をかけてやる」など十編。第四回からジュニア部門賞ができた。
第五回大賞は「あなたって 便座みたいに あったかい」。準大賞は「『離婚を前提に付き合ってください』と言うべきでした」
回をかさねるたびにシンラツになり、第八回大賞は「なぜ海へ行くかって? そこに女房がいないからさ。」。第九回から地元の高校生審査員二名が加わり、高校生審査員賞は「『あなたが一番可愛いわ』 大きな声で犬に言う母」。準大賞は「オレの湯呑みでシイタケを戻すな」。大賞は「空はこんなに青いのに、妻がいる」。
村松評は『空青し、地おさまりて、なお天気晴朗にして波静か、巨大な宇宙につつまれるしあわせを体ぜんたいで感じようとして、大きく深呼吸をしてから、「?」と首をかしげる。何かが足りないのか、いや何かが余分なのだと思いをめぐらせたあげく、その視線の端に妻の姿を発見する。何でここに妻がいるわけ?』ととまどう。
この不満感=“悪口”の弱々しさの裏に、夫流の“愛”が感じられる。愚痴めかした照れをもふくむ屈折したオノロケですね。かくして第二十回(2023年)までに二百余の「悪口」が登場した。愛と悪口の裏表が出そろい、一読驚嘆、二読爆笑、三読卒倒。
第二十回大賞は「11月なのに夏日だった 夫が私の服を褒めた 何かが狂ってる」。うっかり妻の服を褒めるとバカにされるから御注意なさいませ。
※週刊ポスト2024年11月29日号