2024年の米大統領選を制したトランプ。日本では新聞・テレビでは“大接戦”と報道していたが、それでは圧勝をもたらした政治力学が理解できない。“トランプ氏圧勝”を見越していた外交ジャーナリストの手嶋龍一氏が、今後の日米関係について分析する。
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日米を取り巻く安全保障環境は戦後最大の危局にある。2022年2月にウクライナで戦争が始まり、“ネタニヤフの戦争”も新たな中東戦争に拡大する危機を孕む。台湾海峡や朝鮮半島でも有事の足音が近づいている。
トランプ氏はウクライナ戦争を「自分なら24時間以内に終わらせてみせる」と豪語したが、トランプ流の外交・安保には具体策が見当たらない。
そんな異形の大統領と向き合う石破総理は安全保障のプロを自任するが、プラモデル愛好家のように軍事技術には詳しいが大局観には欠けている。
石破氏の持論は「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想だ。地域の同志国が攻撃を受けた際に共同で対処する安保の枠組みだ。この石破構想は盟主米国の地位を脅かし、強い抵抗を受けると官僚は懸念している。
だが、トランプ政権の出現で立ち上がる真のリスクは別にある。新政権の切れ者がこの構想を逆手に取り、台湾と朝鮮半島の有事で日本に主力を担わせてはと進言する可能性はゼロではない。
そもそもトランプ氏は、日本の安保のためになぜ米国の若者の命と税金を注ぎ込むのかと考えてきた。“現代の孤立主義者”トランプ氏は、石破構想を奇貨として、東アジア安保でのプレゼンスを減じ、更なる負担増を日本に求めるだろう。
石破氏のいまひとつの持論である「日米地位協定の改定」も、標的にされるリスクを孕んでいる。
日本が米軍の駐留経費を最も多く負担している。だが、トランプ氏は、そんな現状を受け入れようとせず、「日本は“タダ乗り”している」と信じ込んでいる。「石破提案を逆手にとっては」と側近が囁けば心を動かすかもしれない。「確かに地位協定は片務的で見直すべきだ」と応じ、駐留米兵の給与の一部まで負担しろとディールを持ちかけてくる懸念がある。地位協定は「パンドラの箱」と心得るべきだ。
石破氏が施政方針演説でこうした持論を封印したのは外務・防衛官僚から「米側の抵抗が強く、実現の見通しが乏しい」と説得されたからだ。日米安保体制は不平等だ──この受け止めは石破・トランプでは真逆なのである。
自民党政権は防衛予算をGDP2%(5年で43兆円)にまで引き上げたが、トランプ新政権は防衛費の更なる増額も求めてくるだろう。石破内閣は新たな発想でこれに臨むべきだ。「防衛予算は防衛省が使うカネ」そんな古い発想を捨て、宇宙、先端半導体、未来戦の先端技術、次世代通信の研究開発費は安保予算として計上すればいい。そうすれば日本の防衛予算はGDP比3%を超え、有力な対トランプカードになるだろう。
【プロフィール】
手嶋龍一(てしま・りゅういち)/1949年、北海道生まれ。外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として同時多発テロの連続中継を担う。2005年にNHKから独立し、外交ジャーナリスト・作家。著書・共著に『ウルトラ・ダラー』(新潮社)、『イスラエル戦争の嘘』(中公新書ラクレ)、『公安調査庁秘録 日本列島に延びる中露朝の核の影』(中央公論新社)など。
取材・構成/広野真嗣(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2024年11月29日号