1969年、アメリカの「アポロ11号」が成し遂げた世界初の月面着陸の快挙を、日本人はブラウン管から眺めていた。あれから55年、いまや日本は月面探査で大きな存在感を放っている。日本人宇宙飛行士の月面着陸は目前に迫り、日の丸ベンチャーも世界をリードしているのだ。その最前線に『日本人宇宙飛行士』の著書があるノンフィクションライター・稲泉連氏が迫った。
人類の月探査はいま、新たな段階を迎えており、日本は世界のなかで大きな役割を果たしている。
JAXAの職員などを経て、現在は合同会社ムーン・アンド・プラネッツの代表として宇宙開発の普及活動を行なう寺薗淳也氏が解説する。
「アポロ計画以降、月面開発の計画が再び活発化し始めたのは1990年代。月に水が存在することが分かり、『水があれば人間が住むことができる』と、月探査への機運が高まっていきました」(以下「 」内は寺薗氏)
そんななか、日本のJAXAは2007年に月周回衛星「かぐや」を打ち上げた。
「14個の観測装置を搭載した『かぐや』は、アポロ計画以来、最大級の月探査を行ないました。このミッションで得た大量のデータをもとに、現在でも多くの研究者が論文を書いているほどです」
今年1月に月面への着陸を果たしたJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」の成功もまた、月探査における日本の国際的な成果だ。
「SLIMは月面着陸としては世界で5番目と後れをとったものの、将来、人間が月に降りるとき、世界的に役に立つ着陸技術を習得しました。月面の狙った場所にピンポイントで着陸できる技術は、今後の探査において極めて重要なものです。そのように、日本は月の探査にとても前向きに取り組んできているんですね」
日本人宇宙飛行士が月に降り立つ
2017年、第一次トランプ政権下のアメリカが「アルテミス計画」を発表した。国際的な協力をもとに人を再び月面に送り込み、長期滞在を視野に入れて探査する壮大なプロジェクトだ。
「アルテミス計画は、月面での水資源の発見から始まった『月探査ブーム』の最大の原動力となっています」
アルテミス計画において、日本は重要なパートナーと位置付けられている。アメリカとの間では、政府協定によって2人の日本人宇宙飛行士が月面に降り立つことが決まっている。今年10月にJAXAの新宇宙飛行士として正式に認定された諏訪理氏(47)、米田あゆ氏(29)も、月面探査のメンバーに選ばれる可能性がある。アルテミス計画の進展によって国際的な月探査における日本の存在感は今後も増していくだろう。
一方、アルテミス計画に対抗するかたちで、中国とロシアが計画しているのが「国際月科学研究ステーション(ILRS)」だ。このプロジェクトは2030年頃の建設開始を目標としている。中国は2023年6月に月の裏側からサンプルを持ち帰る「嫦娥6号」ミッションも成功させており、「現在、月探査への関心と熱意では世界一の国と言えるかもしれません」と寺薗氏は指摘する。
「40か国以上が参加しているアルテミス計画に対し、ILRSにもすでに20か国が参加を表明しています。冷戦期のような競争が、形を変えて再び宇宙開発の場で見られるようになっているのです。
これらの月探査の目的は月の科学的研究を深めることに加え、火星探査の踏み台とすることにあります。月面における1000人規模の自給自足型コミュニティの形成も視野に入れている。最新の学会でも生命維持技術や月面建築技術が数多く発表され、その実現に向けた研究が活発化しています」
日本とインドの共同探査計画
そして、世界の月探査において忘れてはならないのがインドの存在だ。
昨年、インドは月探査機「チャンドラヤーン3」で月面着陸を成功させた。インド人宇宙飛行士が自国のロケットで有人宇宙飛行を行なう計画も進められている。
「インドは2047年に有人月面基地を建設する計画を発表しています。アメリカと中国に次ぐ第三の台風の目として月面開発競争の一翼を担っていく可能性があります」
日本とインドは2025年に共同で月極域探査機「LUPEX」を打ち上げる計画を立ててもいる。国際的な競争と協力の中で、月面探査の熱は高まりを増している。
「日本における宇宙開発の一つの特徴は、民間企業が月探査に熱心であることです」と寺薗氏は言う。その筆頭格が、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を行なう「ispace」だ。
2023年、民間初の月面着陸を目指して月着陸船を打ち上げたが、着陸高度の誤測定により失敗。最速で来年1月に月探査船「レジリエンス」を打ち上げ、小型月面探査車「テネアシス」を再び月に送り込む予定となっている。同社広報担当者が語る。
「我々のビジョンは『人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ』というもの。今回のミッション2は、そのために最も身近な宇宙である月と地球との間に『シスルナ(Cislunar)経済圏』を構築していくうえでの初期的な取り組みです。月面ではレゴリス(月の砂)を採取し、その所有権をNASAに譲渡する世界初の月資源商取引プログラムの実施も予定されています」
東京の中央区に本社・開発所を構える宇宙ベンチャー「ダイモン」は、開発した月面探査車「YAOKI」を年度内に打ち上げる予定だ。同社の中島紳一郎CEO兼CTOが話す。
「YAOKIを地球からリモート操縦して月の南極付近を走らせ、画像データの習得を行なう予定です。数年後には100機を月に送り、月面を走行するYAOKIとアバターを通じて意識をつなげることで、地球にいながら月面旅行を楽しめる時代を創りたいと考えています」
月面基地や“月の村”が誕生?
アメリカの民間企業に目を向けると、現在の月探査をリードするのが「インテュイティブ・マシーンズ」(Intuitive Machines)だ。同社はNASAから受託され、世界初の商用月着陸機の開発に成功。ispaceと民間初の月面着陸を争い、今年2月に快挙を成し遂げた。寺薗氏が言う。
「NASAが民間企業に資金を提供し、民間が創意工夫によって月着陸機を開発する。その仕組みの中で、インテュイティブ・マシーンズは技術力において突出した存在です。月の通信ネットワークなど新たな市場にも参入しており、活発な活動を続けている。注目していきたい企業です」
では、民間企業も積極的に取り組み始めた月面開発は、今後、どのような世界を見せてくれるのか。寺薗氏が続ける。
「これは楽観的な見通しが実現したケースですが、2040年には南極の基地のように数人が常駐する月面基地が誕生する可能性があります。さらに、2050年には数百人が生活するコミュニティが月に形成され、月面ホテルなどの観光資源として、そして、探査拠点としての“月の村”の出現も期待されています」
取材・文/稲泉連
※週刊ポスト2024年11月29日号