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《県職員は冷ややかにお出迎え》SNS効果で斎藤元彦兵庫県知事が再選 流布された「真実」は「事実」だったのか、求められる検証

NEWSポストセブン 2024年11月22日 7時15分

 何かの物事を判断するとき、なるべく自分で考えようとしても「みんなが言っている」ことに人は影響を受けやすい。SNSが発達したいま、「みんな」はネットで頻繁に目にするユーザーによる発信も含むだろうが、その「みんな」は、果たして本当に事実を反映した「みんな」なのだろうか。臨床心理士の岡村美奈さんが、兵庫県知事選挙をめぐるSNSと、人々が考える「真実」の関係について考察する。

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 斎藤元彦知事が再選後、初めて県庁に登庁した。硬い表情で就任式に臨み「これから自分自身も生まれ変わる」と語ったが、集まった県職員らの表情は一様に冴えなかった。当選1回目の初登頂時は、県職員に大きな拍手で迎えられ、挨拶が終わりその場を去るまで拍手が続いていたが、今回、場の雰囲気は冷ややかだった。「皆で一緒に、もう一度頑張っていきましょう」と語りかけたが、職員らの反応は薄い。

 斎藤氏は当選当日、選挙事務所で「県民の皆さん一人ひとりが県政を見て、何が正しく、何が真実か、そしてどうあるべきかを判断していただきました。これは県民の皆さん一人ひとりの勝利だと思っています」と述べた。斎藤氏のいう真実とは何だったのか。職員らの反応を見る限り、彼らの真実と斎藤氏の真実には、大きな開きがあるようだ。

 17日に行われた兵庫県知事選で、斎藤氏は110万票あまりを獲得して再選を果たした。勝利の誘因は、18日に選挙事務所で開いた記者会見で自身が述べた「SNSが1つの大きなポイントだった」だと言われている。SNSを通じて支持が拡大、Xのフォロワーも急増、某メディアの出口調査では30代までの有権者の6割以上が斎藤氏に投票したという。

 だが選挙中から、SNSによる効果を危ぶむ声が聞こえていた。いくつかのメディアで分析された「エコーチェンバー」と「フィルターバブル」だ。エコーチェンバーとは、SNS上で自分と似たような意見や考え方のユーザーをフォローすることで、同じような情報や記事ばかりがこだまのように繰り返される状況のこと。フィルターバブルは、ネットの検索履歴やクリック履歴によって、自分が見たい情報やニュースが優先的に画面にあがってくるというもの。アルゴリズムによる2つの現象から目にするSNSの情報は、知らぬ間に自分好みに偏り、予想に沿う情報ばかりを重視する「確証バイアス」を強化させる。

 パワハラ疑惑やおねだり体質などを巡る文書問題から、アンケート調査が行われ百条委員会が立ち上がり、県議会で不信任案が可決し自動失職した斎藤氏。だが選挙が始まると疑惑はデマ、斎藤氏は陰謀に巻き込まれたという情報がSNSで飛び交った。何がデマで、どんな陰謀なのか。SNSの情報を検証したメディアはなく、確証バイアスによって斎藤氏への支持は日増しに拡大。陥れられた?という斎藤氏には同情が集まり、それでも戦う”不屈の精神”に共感が寄せられた。背景には県庁や県議会への不満、偏ったマスコミ報道への批判、メディアへの不信感があったといわれている。

“メディアを始めとする大方の予想に反し圧勝、SNSを駆使した選挙活動を展開、かけられた疑惑に捏造や陰謀論が巻き起こり、それを信じる人たちの間で支持が拡大”。斎藤氏の勝利は、先日行われた米国の大統領選挙で勝利したトランプ氏のケースとよく似ている。その背景にも社会や現状への不満、メディアへの不信感があるといわれていた。

“社会への不満が強い人ほど陰謀論を信じやすい傾向にある”。これは鹿児島大学の大園博記准教授らの研究で明らかになった、陰謀論を信じやすい人の心理的特徴だ。さらに論理的思考が苦手な人も陰謀論に傾倒しやすいという。社会やメディアに不信感や不満を持っていた人々は、ネット上に表れる情報を信じ、街頭演説で支持者たちの高まる熱量に触れ、”そうだったのか!”と真実を知った気になっていく。

 人気漫画が原作のドラマで菅田将暉さんが主演した『ミステリと言う勿れ』の中に、主人公の久能整が刑事に対してこう述べるシーンがある。「真実は人の数だけあるんですよ。でも、事実は1つです」。

 斎藤氏が考える真実もあれば、パワハラを受けたという県庁職員にも真実がある。百条委員会は人によって変わる真実ではなく、事実を調査する。今回の選挙は百条委員会による調査結果が出る前に行われ、兵庫県民には疑惑が事実か真実か見極めるだけの情報も時間もなかった。既存メディアはSNSで流される情報を検証せず、斎藤氏は陰謀論を完全否定しなかった。

「法的に問題はなかった」と繰り返す斎藤氏に、県議員や県職員がどこまでついていけるのか。「あってはならんことになった」、兵庫県議員が述べた言葉が、これ以上現実にならないことを願うばかりだ。

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