衆院選大敗で自民党の権力基盤が弱体化するなか、存在感を増しているのが世耕弘成・前党参院幹事長だ。
派閥の裏金問題で自民党を離党したドサクサのなかで鞍替え出馬して衆院議員に。復党こそしていないものの、与党過半数割れで早速に自民会派入りが決まった。来年に参院選が控えるなか、参院旧安倍派への影響力も健在とされ、今後の政局のキーマンのひとりと目されている。
ところが、その世耕氏にお膝元から“退場勧告”が突き付けられたのだ。ジャーナリストの赤石晋一郎氏がレポートする。
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ここに1枚の告発ペーパーがある。
10月18日付で作成された「公益通報・相談受付シート」と題された文書で、通報者氏名は「近畿大学教職員組合」、そして通報の対象者となっているのは「世耕弘成」──。
大阪市の郊外、近鉄長瀬駅から商店街を抜けるように10分ほど歩くと荘厳な佇まいの建造物が見えてくる。在阪大学の雄として知られる近畿大学(以下・近大)の東大阪キャンパスである。
近大は学生数・約3万5000人というマンモス大学で、日本で最も一般入試志願者数が多い大学としても知られる。理事長は世耕弘成氏その人である。
「公益通報」の文書には、こう記載があった。
〈世耕弘成による近畿大学の私物化を是認したことになり、その責任を負うのは理事長である。このような近畿大学の私物化・政治利用をただちに中止し、理事長を辞任せよ〉
世耕氏の政治家としての地盤である和歌山県は、近大と長くて密接な関わりがある。
世耕氏の祖父であり、近大創設者の弘一氏は和歌山県東牟婁郡敷屋村(現・和歌山県新宮市)出身。和歌山を地盤とした衆院議員でもあった。伯父である政隆氏も近大理事長、そして同じように和歌山から衆院選、参院選に出馬して当選し、自治大臣まで務めた経歴を持つ。
世耕一族は近大の“創業家”であり、かつ和歌山を地盤とする政治家一族でもあるのだ。
では、その系譜にある世耕氏が、なぜ公益通報されるに至ったのか。
「安倍元総理の写真を利用」
公益通報制度とは労働者らが勤務先の不正行為を一定の通報先に伝える仕組みで、兵庫県の斎藤元彦知事を巡る文書問題で注目を集めた。2022年に改正された公益通報者保護法では、従業員300人超の事業者に内部通報へ適切に対応する体制整備が義務づけられている。
今回、世耕氏について公益通報を行なったのは近大教職員組合だった。その経緯について、同組合の藤巻和宏・書記長が、実名で取材に答えた。
「10月14日に世耕氏がX(旧ツイッター)で衆院選への出馬表明とともに、近大卒業式で故・安倍晋三氏がスピーチしたことなどを写真つきで投稿したのです。かねて世耕氏は近大を自身の政治活動に利用することを繰り返してきた。こうしたことは大学の私物化であり、法令違反も疑われる行為だとして通報しました」
当該の投稿は、【表明】と題したもので、確かに投稿内の動画に近大卒業式でスピーチする安倍氏の写真が使われている。「#だから世耕」のハッシュタグとともに、以下の文章が並ぶ。
〈安倍さんは生前最後の大学でのスピーチでこう述べていました。「私は第1次安倍政権を途中で放り出して安倍晋三は政治家として終わったと言われていた。でもそこから5年かけて総理大臣の座に返り咲くことができた。それは、自分が特別に優れた人間だったからではない。特別に強い人間だったからでもない。ただ一つ諦めなかったからです。」(中略)私も決して諦めていません。今回の選挙は、私は退路を断っての選挙ですが全力で頑張ってまいります〉
今回の衆院選を無所属で戦った世耕氏にとって安倍氏との親しさは最大の売りのひとつだった。選挙戦中には街頭で履く靴が安倍氏の形見だということまでアピールに使った。近大卒業式の写真はそうした文脈のなかで使われたのだ。
藤巻氏らはその行為が、「教育の政治的中立」を定めた教育基本法14条2項の〈法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない〉に反する疑いがあると問題視して、公益通報で指摘したのだ。
しかし、近大側は反応を見せないのだという。藤巻氏が語る。
「近大では、監査室法人倫理推進課という部署が公益通報の申し立て窓口になっていますが、まともに機能していません。過去にも管理職の非違行為、ハラスメントなどが何件も通報されていますが、大学側は動こうとしない。だから今回は公益通報と同時に、組合の団体交渉でも世耕氏のXポストの件、大学の政治利用について回答するように要求しています」
藤巻氏が危機感を募らせるのは、世耕氏による大学の政治利用をめぐって組合に数々の投書が寄せられているからだ。
その内容は〈(大学に)和歌山出身が職員に多いのは、選挙の時に手伝う事が暗黙の決まり〉〈(大学職員で)和歌山出身者は一週間程度有給をとり、理事長選挙事務所に詰める〉(各投書は要約)などで、藤巻氏は「組合はこうした投書に書かれていることについて度々、大学側に実態調査を求めてきました。しかし、『把握していません』の一点張りなのです」と語る。
「世耕氏が裏金問題の渦中にいた時、私は有志とともに理事長辞任を求め、オンライン署名を募った。署名は5万筆以上集まりましたが、大学側は受け取りを拒否しました。
世耕氏に逆らえる職員は近大にいない。“殿様”扱いなのです。ある教員が『世耕さんが』と言おうとしたら、『世耕先生と呼びなさい』と管理職に訂正されたこともある」(同前)
二階支持を「電話で謝罪」
世耕氏は離党会見などで理事長職について「政治活動とは関係ない」と公言してその立場に留まってきた。
だが、実際にはどうなのか。そもそも、近大卒業式に呼んだ安倍氏の画像を出馬表明に使うこと自体、「関係ない」という言葉と矛盾している。
さらに筆者は和歌山での選挙の実態を調査した。
先の総選挙で「紀州戦争」と注目されたのが和歌山2区だ。自民党からは元幹事長・二階俊博氏の三男・伸康氏の出馬が決まっていたが、世耕氏はそこに強行出馬。“保守分裂”の末、世耕氏が約10万票を獲って圧勝した。
伸康氏に比例復活も許さない完勝を支えたのが、近大の“集票力”だった。
「今回の選挙、世耕さん出るからよろしく頼みます!」
10月中旬、和歌山2区に住む近大OBのもとには次々とこのような電話がかかってきた。
「電話をかけてきたのは校友会のメンバーです」
そう語るのは近大OBのA氏である。校友会とは近大卒業生で組織される「近畿大学校友会」のことだ。公式ホームページによると、校友会の名誉会長は世耕弘成氏、卒業生総数は58万7054人、本部は近大東大阪キャンパス内に位置する。
一族にとって近大OBが選挙で絶大な力となることは、世耕氏自身が自著『プロフェッショナル広報戦略』で明かしている。
〈伯父の選挙は近畿大学OBが母体(中略)近大OBが動かなければ選挙に勝つことはできない〉
まさに世耕一族にとって“集票マシーン”であり続けてきたことになる。
それだけではない。和歌山県串本町の田嶋勝正町長は今回の選挙戦を「悩ましかった」と振り返る。
「町村会は二階氏支持で固まっていた。しかし、うちの町立病院には近大関連病院から医師が派遣されているんです。私から世耕氏に電話を入れて、『お世話になっているのに申し訳ない』と謝りました」
選挙区内には近大の附属中高、附属農場、水産研究所など関連施設も数多くあり、様々な影響力が窺えるのだ。
そうしたなか、公益通報という形で告発された世耕氏による近大の「私物化」について、元文科官僚の寺脇研・京都芸術大学客員教授はこう語る。
「今回の通報にあるような教育基本法違反の疑いがある場合も、文科省が何か動けるという規定はありません。法律違反を問うなら最後は司法機関が判断することになる。
ただ、教職員組合の訴えを理事長が無視すれば改正私立学校法の問題になる。これは日大事件(注:2021年11月、日本大学の関連事業で受け取ったリベートを巡る脱税事件で田中英寿前理事長が所得税法違反容疑で逮捕された。2022年4月に有罪確定。日大のトップとして13年にわたり君臨してきた理事長や側近の元理事らによる大学の私物化などが明らかになった。)での理事長のやりたい放題を受け、暴走を止める仕組みが必要だとして来年4月に施行される改正法です。組合の要求に理事長が応じない場合、大学の評議員会に訴え出れば、評議員会を通じ対応を求められるようになる。つまり、世耕氏も訴えを無視できなくなるということです」
世耕氏のXの投稿、近大の私物化、政治利用についての事実関係や公益通報されたことへの見解などを近大、世耕事務所に訊いたが、いずれも期日までに回答はなかった。
裏金問題では政治家としての資質が問われた世耕氏だが、今は教育機関トップとしての資質も問われている。
【プロフィール】
赤石晋一郎(あかいし・しんいちろう)/ジャーナリスト。「FRIDAY」「週刊文春」記者を経て2019年よりフリーに。近著に『韓国人、韓国を叱る 日韓歴史問題の新証言者たち』(小学館新書)、『完落ち 警視庁捜査一課「取調室」秘録』(文藝春秋)。『元文春記者チャンネル』をYouTubeにて配信中。Xアカウントは【@red0101a】。
※週刊ポスト2024年12月6日・13日号