斎藤元彦・兵庫県知事への熱狂的支持は、“日本版トランプ現象”なのではないか。かつて米大統領選でトランプ陣営の選挙ボランティアとして潜入取材したジャーナリスト・横田増生氏が1か月間、支持者に密着した。【前後編の前編。文中敬称略、年齢は取材当時】
ネットで“真実”に覚醒
マスコミが午後8時に当選確実を打つと、斎藤元彦事務所前に詰めかけた群衆からは「やったぞー!」、「当確だ!」という声とともに、「サイトゥ! サイトゥ! サイトゥ!」というコールが湧き起こった。支援者の中には、感極まって涙ぐむ人もいた。まさかの、“ゼロ打ち”に支持者は大いに沸いた。
斎藤コールの間に、「マスコミの負けや!」、「(マスコミは斎藤に)謝れ!」という声も挟まった。「マスコミは、ざまあみろだ!」と口にした50代の男性と一緒にいた女性は、スマホで「NHKから国民を守る党」の党首で、今回の知事選に斎藤を応援するために立候補した立花孝志の動画を食い入るように見つめていた。
斎藤が勝利宣言をしたのは午後10時前のこと。支持者たちは、スマホを高く掲げ、この歴史的瞬間を動画や写真で記録しようとしていた。その様子は、10日ほど前にトランプが勝利宣言した時の光景と瓜二つだった。
斎藤支持者が抱く既存のメディアに対する敵愾心は、私がアメリカ大統領選挙を取材した折に接した“トランプ信者”と酷似していた。
トランプが2020年の選挙で負けた後も、「トランプの勝利を110%信じる」と言っていたミシガン州の50代の男性は、「この選挙は民主党と中国共産党によって盗まれたんだ。両者がグルになって、アメリカの行く手を阻んでいるのは明らかだ」と主張した。どこでそうした情報を得たのか、と訊けば、「YouTubeやFacebookを探せば、いくらでも情報は見つかる」と答えた。彼にとって、トランプを貶める報道をする新聞やテレビは、「フェイクニュース」でしかなかった。
そうしたパラレルワールドが、日本でも展開されるのか見極めたい。そう思い、選挙戦の前から神戸に入り、投開票日まで斎藤支持者を追いかけた。
私が斎藤にインタビューするため事務所を訪れたのは、告示日の数日前。為書きや胡蝶蘭といった選挙事務所につきものの装飾品は一切なく、折り畳みの事務机とパイプ椅子があるだけの殺風景な事務所で、斎藤と一対一で向き合った。その時点で、斎藤の勝利を予測できたものは一人もいなかったはずだ。
選挙戦が始まる前、政党や団体の支援がなく孤立無援で戦う斎藤が選挙で勝つことがあるとすれば、都知事選で善戦した石丸伸二のようなネットを使った空中戦に頼るしかないだろう、と私は考えていた。インタビューでそう尋ねると、斎藤はこう答えた。
「もちろん、X(旧Twitter)やInstagram、YouTubeも使っていきます。確かに、石丸さんの選挙戦はすごいと思いますが、私はSNSよりも、街頭演説の中で、一人でも多くの県民に直接訴えていきたいと思っています」
選挙が始まる前の時点の斎藤は、ネット戦略に積極的ではないことが強く印象に残った。
その斎藤が、ネットが持つ威力に気が付き始めた、と感じたのは、選挙戦中盤のこと。演説でこう言い始めた。
「メディアの報道は本当に正しいのかどうか。県民の皆さんがご自身でネットやYouTubeを見て調べて判断している。何が正しいのか、何が真実かを、一人ひとりが判断されています」
こう言って、既存メディアの報道に疑問を投げかけ、あたかも“真実”はネット上にあるかのような発言が増え始めた。
多くの斎藤支持者は、告発文書問題が勃発した当初は、斎藤を悪者だとみなしていたが、その後、ネットの情報を通して“真実”に気付いた人々だった。それを機に、熱烈な斎藤支持者に転じていく。支持者一人ひとりにとっても、ネットを通して“真実”を再発見していく“覚醒の物語”でもあった。
メディアは一切信用しない
私がこの取材で自分自身に課したのは、実名での取材。日本の選挙報道では、あまりにも匿名の有権者取材が多すぎる、と感じていたからだ。
告示日の出陣式に斎藤の演説を聞きに来た神戸市在住の会社経営者の内山淑登(51)は、こう語る。
「最初のころはテレビが報道する、パワハラやおねだりを鵜呑みにして、斎藤って最悪なやつやな、と思っていました。けれど、全国ネットのテレビまでが斎藤さんを叩くようになって、集団いじめのようになってきた。テレビがここまで叩くのはおかしいな、と思って調べだしたんです」
XやFacebookで調べてみると、斎藤が失脚した“本当の理由”が次々に見つかった。百条委員会が結論を出す前に、不信任決議案を可決した裏には、1000億円かかるといわれる県庁舎の建て替えにストップをかけたり、70歳までだった県職員OBの天下りを65歳に引き下げた政策があることを知った。
さらに、百条委で斎藤を攻め立てた県議たちのXの投稿を追うと、「えげつない」ほど斎藤を攻撃していることを知り、その反発心から斎藤を応援する気持ちが芽生えてきた。
内山の主な情報源はネットであり、新聞は購読しておらず、「テレビは1ミリたりとも信用していない」。
神戸市に住む高田会里香(54)は、公示日直後に期日前投票で斎藤に投票した後、5回以上も街頭演説を聞いている。「斎藤さんほどピュアで、クリーンな人はいません。何度話を聞いても感動するんです」と言う。
「メディアは一切信用していません。テレビは見ませんし、新聞も取っていません。メディアが一斉にだれかを攻撃するときは必ずウソがある、と思っています。結局、斎藤さんは利権に切り込んでいったから足を引っ張られたんです。だれが利権側かですか?県のOBや井戸(敏三・前知事)派の職員たち、県庁舎の建設で儲かるはずだった土建屋とかですかね。そうした思いの裏には、私自身が結構な税金を払っているのに、あまり恩恵を受けていないという不満があります。それに、立花さんなどのYouTubeを見て、“真実”を知るようになり、いろんなことが納得できました」(高田)
この選挙戦で、元県民局長の私的な醜聞と自殺を結び付ける陰謀論を展開したのが、立花孝志だ。立花は、元県民局長が公用パソコンの中身を暴露されるのが怖くて、自殺した可能性が高い、と街頭演説で繰り返し語ることで、斎藤を援護してきた。
斎藤の出陣式の直後に、同じ場所に立花が現れたときは、聴衆から、タチバナコールとともに、「正義の味方!」という掛け声までかかった。立花は何度も斎藤の演説の後を付いて回り、真偽不明の言説を撒き散らした。それをSNSでも拡散した。
ここで一つ重要なことがある。
元県民局長のプライベートな事柄については、取材している記者の大半が知っていたが、テレビや新聞、主要な雑誌が報じることはまずない。しかし、それは斎藤支持者が主張するように、「メディアが真実を隠蔽している」からではない。
現時点で、元県民局長のプライベートな問題と自殺には直接的な因果関係は認められない。私的な醜聞情報には、報道が満たすべき公共性と公益性、真実性が欠如している。だから、主要メディアは報じないのだ。
私的な問題以上に大切なことは、県の最高権力者である斎藤が公益通報者保護法に反す可能性がある告発者探しをした過程で、元県民局長が自殺とみられる死を遂げたことだ。
斎藤自身は立花との直接的な関係を否定する。「いろんな人がいろんな考えを持って選挙戦に挑んでいる。人は人。自分は自分だ」と先のインタビューで答えている。
しかし、立花の参戦が斎藤にプラスに働いたことは間違いない。
加古川市に住む高見充(52)は、当初、稲村和美に投票しようと思っていたが、立花の参戦で斎藤支持に変わった。
「立花さんのYouTubeを見て、テレビがウソをついていたことが分かりました。自分がどれだけ洗脳されていたかに気付いたんです。立花さんが立候補していなかったら、稲村さんに入れていました。立花さんは5~6年前からずっとフォローしていて、100%信用しています」
(後編につづく)
【プロフィール】
横田増生(よこた・ますお)/1965年福岡県生まれ。ジャーナリスト。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスとして活躍。2020年に『潜入ルポamazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞。2022年に『「トランプ信者」潜入一年』で第9回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。近著に『潜入取材、全手法』(角川新書)。
写真/筆者撮影
※週刊ポスト2024年12月6・13日号