斎藤元彦・兵庫県知事への熱狂的支持は、アメリカで巻き起こった“トランプ現象”に重なる部分が多い。かつて米大統領選でトランプ陣営の選挙ボランティアとして潜入取材を敢行したジャーナリストの横田増生氏が1か月間、支持者に密着した。【前後編の後編。文中敬称略、年齢は取材当時】
不憫で仕方がない
終盤では数百人から1000人近い聴衆を集めた斎藤陣営の選挙戦は、ボランティアに支えられた手作り選挙だった。
明石市で自営業を営む五条祐介(アカウント名=65)は、一からボランティア組織を束ね上げた。
「全国に約2900人のボランティアがいて、そのうち県内には約500人がいます。それとは別にデジタル班といって、ネット戦略を請け負う人たちが約400人います。個人献金者も3500人を超えました。私を含め、全員が手弁当です。選対本部とボランティアは別組織なので、ボランティア活動にお金は動きません。よくプロの選挙プランナーがついているなどというウワサがネット上に出ていますが、それは事実と異なります」
ボランティアの一人である神戸市在住の檜垣淳子(60)は、相生市の街頭演説に、車を運転して駆け付けた。
「地元に住む両親に斎藤さんの演説を聞いてもらいたい一心で2時間近く車を運転して来ました。5000円以上かかる高速道路の料金は自腹です」(檜垣)
ネット部隊を統括し〈祖品〉というアカウントで活動する大阪在住の男性(45)は、「僕はボランティアですらないんです。斎藤さんのファンに過ぎないんです」と言う。本名を明かせないのは、Xに「殺すぞ」という脅迫のメッセージが何度も届いており、身の危険を感じているからだ。
祖品のXのフォロワー数は、知事選の告示前が3000人台で、投開票日でも9000人台にとどまる。斎藤支持者の間では、「祖品さん」と呼ばれる有名人だが、強力なインフルエンサーというにはほど遠い。
その祖品が率いる部隊には10人ほどの腕利きの動画編集者がいるが、いずれも「手弁当だ」と言う。その編集者たちが作った動画を、XやTikTok、Instagramに上げ、フォロワーが拡散を繰り返し、大きなうねりを生み出した。
斎藤の街頭演説を1日も欠かさず、ライブ配信したのは、〈ふくまろネットニュースチャンネル〉を運営する金子浩樹 (43)だ。
埼玉県から車で駆け付けたYouTuberで、選挙期間中は自費で車中泊やマンガ喫茶に寝泊まりしながら、斎藤を追い続けた。
「都知事選では石丸伸二さんを追いかけ、衆議院選挙では、日本保守党の百田(尚樹)さんを追いかけました。今回、斎藤さんを追いかけようと思ったきっかけは、高須クリニックの高須(克弥)院長の『斎藤氏を支持する』という投稿でした。そこから調べていくと、斎藤さんが大手のメディアにはめられたことが分かり、不憫で仕方がない、と思ったからです。斎藤さんを応援したいという思いからライブ配信を始めました」
果たして収支は合うのか。
「石丸さんのときは100万円の赤字となり、百田さんのときはトントンでした。今回は、どうにか収支が合いそうです」
私が取材した限りでは、斎藤陣営が聴衆に動員をかけたり、支援者に不正なお金を支払っているという証拠は見つからなかった。すべてが自然発生的に湧き起こったものだった。
ディープステイトと戦う
県知事選挙の間、アメリカから、トランプが大統領に再選した、というニュースが飛び込んできた。しかも、当初、予想されていた僅差による勝利ではなく、圧勝に終わった。目の前で繰り広げられる知事選と二重写しになった。
宍粟市に住む松並美陽(62)は、斎藤支持者であるとともに、4年前にトランプが大統領選挙に落選して以来、トランプを応援している。
「トランプを4年間見てきたので、今回の斎藤さんの一連の出来事が起こったときも、すぐにつながりました。正しいのは斎藤さんなんだ、って。トランプがディープステイト(闇の政府)と戦っていたのと同様に、斎藤さんも既得権益側と戦って潰されかかったんです」
明石市に住み、ネットショップを運営している田村恵子(65)は、マスコミのことを躊躇なく「マスゴミ」と呼ぶ。
「文書問題なんて、マスゴミが勝手に捏造しただけなんです。そんな事実は一切ない。元県民局長が亡くなった理由についても、斎藤さんのせいだって、最初はマスゴミに騙されていたんです。それが分かってからテレビのコンセントを抜きました。新聞は取っていません。毎日、ネットで情報を収集しています」
そんな田村も、日米政府がディープステイトの攻撃を受けていると信じている。
穏健派とみられる高齢者も斎藤支持に回った側面も見逃せない。
相生市に住む会社経営者の福田勉(80)は、兵庫県にある報徳学園にゆかりがある江戸時代後期の農政家である二宮金次郎(尊徳)になぞらえ、「斎藤さんは令和の二宮金次郎だ」と語る。
「金次郎は、故郷の小田原藩主に農政改革の手腕を見込まれ、下野国の桜町(現在の栃木県真岡市)の財政を立て直すために派遣されるんです。けれど、金次郎に抵抗する地元の藩士にさんざん邪魔されました。それでも金次郎は約10年かけて、財政を立て直し、地元の人々に大いに感謝されるんです。その姿は、兵庫の財政を立て直そうとしたために、足を引っ張られることになった斎藤さんとそっくりです。金次郎が最後には、地元の村民に支持されたように、今回も斎藤さんが勝利するでしょう」
こうした様々な人たちが支持した結果が、今回、斎藤元彦に勝利をもたらした。斎藤現象の背景には、多様な人たちのそれぞれの思いがひしめいていた。
(前編から読む)
【プロフィール】
横田増生(よこた・ますお)/1965年福岡県生まれ。ジャーナリスト。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て、アメリカ・アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号を取得。帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスとして活躍。2020年に『潜入ルポamazon帝国』で第19回新潮ドキュメント賞。2022年に『「トランプ信者」潜入一年』で第9回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞。近著に『潜入取材、全手法』(角川新書)。
写真/筆者撮影
※週刊ポスト2024年12月6・13日号