今から55年前、1969年の出来事には前例のないことへの挑戦心、仕事への誇り、そして未来へ向かうパワーが横溢していた。映画『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開されたのも1969年。他人の幸せを願い奮闘した寅さんに、誰もが憧れた。
「馬鹿だねぇ」「それを言っちゃあおしめえよ」──主人公・車寅次郎の軽妙な語り口や間抜けでドジな一面は、1作目が公開された1969年から色褪せることなく、令和の世にも共感を呼ぶ。
「恋して、振られて、また旅に出る。人々はそんな寅さんの気ままな存在に憧れたかもしれない。でも、腹違いの妹や隣の工場の社長が寅さんを叱ったり、励ましたり、ストレートな家族ではない“共同体”の織りなす人間模様に、自分たちの事情を重ね合わせることができたから、長く愛された作品になったと思います」(作家・滝口悠生氏)
『男はつらいよ』シリーズが始まった1969年は、高度経済成長期の只中。国が豊かになる一方、安保闘争の激化や公害問題の深刻化など社会にひずみも生まれていた。仕事に邁進するモーレツサラリーマンたちから幸せを保つ心の余裕が失われ始めた時期でもあった。
「共同体の中にいるからこそ“情”が動く。厄介事を抱えてくる寅さんが帰ってきても『おかえりなさい』と言える関係性が、この作品の最大の魅力だと思います」(前出・滝口氏)
寅さん役の渥美清さんの死去とともに史上最長の映画シリーズは終わりを告げた。しかし、2019年にシリーズ50作目にして最新作である『男はつらいよ お帰り寅さん』が公開された。
「男目線の作品と捉えられがちですが、シリーズを通じて、実はさまざまな女性の生き方や選択を描いている側面もある。女性に優しい目線を向ける寅さんの描かれ方も、作品のキーポイントになっています」(滝口氏)
取材・文/小野雅彦
※週刊ポスト2024年12月6・13日号