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上田健次さんインタビュー『銀座「四宝堂」文房具店』シリーズ誕生の裏側「本が好きな人はどんなことが好きなんだろう?と考えてこの作品に辿り着きました」

NEWSポストセブン 2024年12月11日 17時15分

【著者インタビュー】上田健次さん/『銀座「四宝堂」文房具店IV』/小学館文庫/1巻770円 2、4巻803円 3巻781円

【本の内容】
 どこかミステリアスな青年・宝田硯が店主を務める文房具店「四宝堂」を、今日も事情を抱えたお客が訪れる。血のつながらない娘の婚約祝いに何を贈ればいいのかと悩む父親に、宝田はどんな文房具を提示するのか(「リボン」)—ほか、「スクラップブック」「ボールペン」「クリップ」「奉書紙」の心あたたまる全5編を収録した最新巻。

「はっきり言って売れてません」編集者の言葉で

 4作目にして累計20万部を超す人気シリーズになった『銀座「四宝堂」文房具店』。

 著者の上田健次さんは『テッパン』で2021年にデビュー、「四宝堂」が始まったのが2022年なので順調そのものに見えるが、滑り出しはなかなか大変だったという。

「『テッパン』が発売になって1か月たったときに、お祝いをかねてお食事しましょうと担当編集者に声をかけていただいたんです。その場で、『申し上げにくいんだけど、はっきり言って売れてません』と言われまして。このまま1作で終わるのはしのびないから、すぐに2作目に取りかかりましょうと」

 書きたいものやアイディアを編集者と出し合って、その結果、生まれたのが「四宝堂」だという。

 もともと上田さんは、ハードボイルド小説が好きで、デビューするまでの20年はそのような分野の小説を書いていた。デビュー作の『テッパン』も、食べ物を題材にしつつ、主人公の少年には確かにハードボイルドのにおいを感じる。

 第2作では編集者のアドバイスをいれて、自分が書きたいものではなく読者がいま読みたいものは何かを徹底的に考えたそうだ。

「本が好きな人はどんなことが好きなんだろう? 食べることが好きだったり、喫茶店も好きかもしれない。みたいな話を延々するなかで私がポロっと、『本が好きな人って文房具が好きだったりしませんかね』って言ったんです」

 文房具店を併設した書店は少なくない。「親和性はあるかもしれませんね」と編集者も言い、話が広がっていった。

 どんな文房具店ですか。店はどこにありますか。店主のイメージは。編集者からの問いかけに答えていくなかで、2階にワークショップができるスペースがあって、そこには書きものができる作業台がある、という「四宝堂」のイメージが膨らんでいった。

 銀座の老舗文房具店「四宝堂」を、さまざまな年齢の主人公たちが訪ねてくる。彼らのちょっとした困りごとをさりげなくサポートして解決に導くのが、祖父の跡を継いだ店主の宝田硯である。

「四宝堂」の第1作も、すぐに重版がかかったわけではないが動きは悪くなかったので、最初は書店1店舗だけのフェアから始め、それがうまくいくと、他店にも広げていき、次第に少しずつ読者が増えていった。

「本当に丁寧に育てていただいたんです。限られた店舗での展開のためにポップをつくっていただいたり、営業担当者が、いろんな店舗に足を運んでくださったり、細やかに動いてくださいました」

 さまざまな文房具が小説には出てくる。はじめにゲストとして店を訪れるその回の主人公の性別と年齢、名前を決め、鍵となる文房具を決めるそう。万年筆にシステム手帳、大学ノートにメモパッド。なじみ深い文房具が次々、登場する。最新巻の4巻ではスクラップブックやクリップ、奉書紙などが物語の展開に重要な役割をはたす。

 近ごろはデジタルでのやりとりが主流だが、長年にわたって使われてきた文房具には懐かしさが呼び起こされる。

 文字の乱れや筆圧、書き癖など、手書きの文字には、デジタルデータの情報からは読み取れない、書き手の感情を伝えることがある。

 色鉛筆のセットに入る色や、色の名前など、一見何も変わっていないような文房具にも、時代による変化があるそうだ。

「文具プランナーの方にも監修していただいているんですが、古い文房具について書くときは、フリマアプリに出品されている色鉛筆のセットの写真を見て色を確認するとか、自分でも細部を調べたりしています」

「改めて見直すと文房具って本当に種類が多い」

 編集者からは、「あまり手紙にこだわらないでください」という助言を受けたそうだ。

「これを言われたのは大きかったですね。手紙は確かに人の気持ちを伝えますが、それだけにしてしまうと小説の世界が広がらなかったかもしれません。改めて見直すと文房具って本当に種類が多くて、会社でオフィス用品通販のカタログをめくって、書くネタに困るということにはならないだろうなと思いました」

 会社で、という言葉が出てくることでおわかりのように、上田さんは現役ビジネスマンでもある。有名日用品メーカーの執行役員として働き、執筆は土日に集中してやるそうだ。

 生まれは東京・吉祥寺で、中野区の新井薬師で育った。家族で気軽に出かけるのは中野駅周辺、ちょっと足を延ばすのは新宿で、銀座はよほどのことがないと行かない特別な場所だったという。

「品がいい街ですよね。社会人になりたてのころは品川の独身寮に入っていたので、何かあると銀座や有楽町に行ってました。並木座(名画座)がまだあったし、戦災を免れた古い建物も残っていて、柳の緑があって。綺麗なお姉さんがたとのご縁はできませんでしたけど(笑い)、路上駐車のためのポーターが待っていて、という銀座の雰囲気はやはり特別でしたね」

 シリーズ第1作は18刷になり、5作目の刊行も予定されている。硯と幼なじみで近所の喫茶店「ほゝづゑ」の看板娘の良子との関係がこの先、どうなっていくのかも気になるところだ。

「四宝堂」の常連客で、貿易会社経営の正ちゃんのように、ある回の主人公が別の回にちらっと顔を出したりするのも楽しい。

 ちなみに取材当日の上田さんは水色のシャツに紺のネクタイという作中の「宝田硯スタイル」で現れた。

 愛用の文房具は30歳のときに両親から贈られたモンブランの万年筆。手入れをしながらいまも大切に使っているという。

【プロフィール】
上田健次(うえだ・けんじ)/1969年東京都生まれ。2019年、第1回日本おいしい小説大賞に「テッパン」を投稿。2021年、同作を加筆修正し作家デビュー。2023年、『銀座「四宝堂」文房具店』で第18回うさぎや大賞第1位、同年、三洋堂書店文庫アワード第2回「でら文芸」で第1位を獲得する。現在も大手日用品メーカーの役員と作家の二足のわらじを履く生活を送っている。

取材・構成/佐久間文子

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